「家族計画について話し合おうと思っていたところです。正直、子供を育てながら仕事をするのギリギリの見込みで、社長業なんて私に務まるとは思いません」
身内に言うような話ではないと思い、子作りを家族計画と言い換える。
私は自分の両親と絶縁している。ホテルの託児所を利用しながら、義理の母親の助けを借り何とか子育てしていく計画。
一樹の仕事の特性上、彼は家にいない時が多く戦力になるとは言い難い。
「ふふっ。瑠璃さんなら、社長業と子育てを両立できると思いますよ。瑠璃さんは自分の力を試したいとは思わないの?」
「私の力?」
園田社長の言葉に私は一瞬ドキッとしてしまった。
いつか言われた真咲隼人の言葉が脳裏に蘇る。
(「そんな風に冴えない制服を着ていても、君は相当な野心家。人より仕事に興味がある君は僕と同じような匂いがする」)
もっと裁量を持たせてもらえたら、やりたい事が沢山ある。
頭に沢山のアイディアが溢れてくるのが分かった。
「父さん、瑠璃を唆さないでくれよ。そろそろ定年退職したくて俺にも兄さんにもホテルを継いでもらえないから、瑠璃に面倒を押し付けようとしているだけだろ」
一樹の言葉に現実に引き戻される。
確かに経営を専門に学んだ訳でもない私が、社長なんてできる訳がない。
素人の私の企画が上手くいったのは、運が良かったのと周りの助けがあったからだけ。
(きっと失敗する⋯⋯)
私は幸せな家庭を知らない。
父に支配された歪な家族だった森本家。
幸せな家庭を作りたいなら、仕事はセーブしなければ無理だ。
パイロットで家を不在にすることの多い一樹と、仕事脳にすぐなってしまう私では子供が寂しい思いをするのは目に見えている。
「一樹、お前は何も分かってないな。義樹と一樹がホテルを継ぎたいと言っても、瑠璃さんがいたら私は瑠璃さんにホテルを任せた」
私は突然の園田社長の発言に目を見張る。
「えっと、それはどういう?」
一樹は混乱しているようだが、私は胸が高鳴っている。
「一樹、お前には言ってなかったが、園田リゾートホテルズはコロナ禍前から赤字経営に陥っていた。瑠璃さんが現れなかったら、とっくに倒産してたよ」
「ええ! そうなの?」
一樹は相変わらず言葉をそのまま受け取る人だ。
経営が好転したのはコロナが終息し、インバウンド特需があったからで私の力ではない。
「流石、瑠璃」
私を尊敬の視線を向けてくる彼を見て、気恥ずかしくなった。
「園田社長、流石にそれは言い過ぎです」
「言い過ぎではないよ。瑠璃さんが居なければ、千賀社長の一件でも倒産の危機になっていた。交流会にも参加したままで、今頃カルテル談合の疑いで公正取引委員会の調査が入ってただろう」
「カルテルって何だっけ? トラスト、コンツェルンみたいなのもあったよね」
一樹の天然発言に空気が和らぐ。
「中学生の時に習わなかった?」
「俺は中学の時は海外だったからな」
一樹が頭をポリポリする。
「ボーディングスクールでも習ってるはずだぞ。一樹が飛行機バカで興味がなくて忘れてるだけだ。自分が今、好きな仕事をできるのは瑠璃さんのお陰だともっと感謝しなさい」
「俺は感謝してるよ」
「どうかな。瑠璃さんの見た目だけの魅力にしか気がついていないなら、捨てられるのも時間の問題だぞ」
「そこは、大丈夫。離婚という選択はしないという約束はしてるから」
一樹の返答は私の期待するものではなかった。でも、彼が私の事をよく知り、愛してくれているのは伝わっている。
「ふふっ一樹、そこは流石に瑠璃の中身以外の魅力は俺が一番知ってるとか言って欲しいかな」
「えっ? だって、そんなの当たり前だから。俺が世界で一番瑠璃の魅力を知って虜になってるよ」
私は予想以上の一樹の言葉に顔が熱くなった。
「私も一樹が世界で一番好き。家族が増えてもこれからも、仲良しでいて欲しい」
気がつけば2人の世界を作っていた私達に、園田社長が咳払いする。
「まだ、開店までは時間がある。2人でゆっくり食べていきなさい。瑠璃さん今日はありがとうございました」
彼の父親の前でイチャイチャし始めた事に冷や汗が流れる。
「園田社長、私を評価してくださりありがとうございます。ご期待に添えるか分かりませんが、私、自分の力を試したいです」
私は立ち上がり会釈する。
幸せな家庭も会社の経営も未知数なことばかり。
でも、私は挑戦したい。