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第10章 新しい関係の始まり

第98話 許す訳ない相手


 私は35歳になった。園田リゾートホテルズの社長に就任して1年が経つ。


 園田リゾートホテルズの社長業で忙しくしているが、もうすぐ2歳になる娘の真奈がいる。私の実家とは絶縁状態だが、義理の母の助けをかりながら何とか育てている。


 母はから私と会いたいという手紙が来たが、私は母と会おうとは思わなかった。父と離婚して、私に話があるという母は私に謝罪でもする気なのだろう。おそらく私があの家を出て父はストレスの捌け口を失い、母にターゲットを変えた事は想像に容易い。私はずっと母に助けを求めて来たのを29年も無視し続けられた。自分に子ができて娘を愛おしく思う度に、私はますます母が許せなくなっている。


社長室の扉をノックする音がした。

今日の午前中は想定外のアポイントを2つ受けた。


1つは想定外と言うほどのものではない。


国内大手広告代理店DTK。

提案はさして魅力的ではなかったので、アポイントを受ける気は無かった。

しかし、担当者が須藤誠也とあっては会わない訳にはいかない。



「どうぞ、入って」

 黒髪になった須藤聖也。

人を見定めるような嫌な目つきに気分が悪くなる。

 私に見覚えがあるのか頭のてっぺんから、足元まで舐め回すように嫌らしく見てくる。仕事相手に送る視線ではない。

 須藤聖也には確かに見覚えがあった。駅前で突然された告白。

 相手にもしなかったが、私を陥れようとした男。


 このような人間とは話をする必要のような相手だとルリさんだって分かったはず。

 こういう相手には優しさなど必要ない。



 須藤聖也に連れ立って新人のような男の子が来る。須藤聖也も入社13年目。後輩を連れてお手本を見せるような立場に立っているらしい。おそらく私の世界でも性犯罪の常習犯である彼。なぜ彼が塀の外にのさばっているのだろう。


 勧善懲悪とはいかない世の中が憎らしい。


「広告代理店DTKの須藤聖也と申します」

私は差し出された名刺を折り紙のように紙飛行機にして飛ばした。

「ハハッ、飛びましたね。流石、元CA!」

どう反応して良いのか分からない彼の後輩が笑っている。



「飛んだでしょ。このまま、この世界の果てまで行って私の視界から消えて下さいませんでしょうか。須藤聖也さん」

 睨みつけた私の目に、訳がわからないよというように目を泳がせる須藤聖也。



「何か、事前にした弊社の提案が気に入らなかったでしょうか。すみません、この書類は僕が作ったものでして⋯⋯」

慌てたように新人の男の子がフォローに入る。資料が粗ばかりだった理由が分かった。ただ派手なだけで、コスパの悪いPR。メディアに露出したせいか私が女であるせいか、派手なものに飛びつく能無しと思われてそうだ。


 まるで自分の提案のようにPRの提案をしてきた須藤聖也。その全ての仕事は後輩の男のものだったようだ。



「まだ、新人なのに大きな仕事を任されてるのね貴方の名前を教えて頂けますでしょうか?」

「川谷敏夫です」


 性格の悪い私は嫌味を言ったつもりだったが、川谷君は純粋な子のようで私の言葉を褒め言葉と受け取り嬉しそうだ。

 慌てて名刺を出して頭を出してくる川谷君。広告代理店のような派手な職場に似つかわしくない初心な子。古風な名前といい、どこか漂うおぼっちゃま臭。世間知らずのコネ入社の子かもしれない。

(悪い先輩に影響を受けないといいけれど⋯⋯)


 私は川谷君の隣にいる悪党須藤聖也に向き直った。

「須藤聖也さん。私のことを覚えてますか?」

「も、もちろんです。本当にお綺麗で光り輝いていましたから。瑠璃さんこそ覚えていらっしゃらないかもしれませんが、俺は告白までしたんですよ」


 人懐こい縋り付くような表情をする須藤聖也に吐き気がして、私はため息をついた。

「出会った初日に駅まで追ってきてしてきた迷惑な告白? 須藤さんがカラオケ店に連れ込んでは女性をレイプしていた事は学内でも有名でしたよ。近々、貴方は逮捕されるでしょうね。会社の迷惑に掛からないよう自主退社したらどうですか?」


 私はわざと川谷さんに目配せしながら語りかけた。これは私が話したことを会社に報告しろという合図。会社から犯罪者が出たとしたら、酷い損害だ。



「な、何を言ってるんですか? 何のことだか⋯⋯」

 須藤聖也はしどろもどろになっている。私自身、他人に興味が無さすぎて噂など聞き流していた大学時代。彼が悪さをしていた情報など全く持っていない。これはブラフ。だけれども、彼の狼狽え方を見るに、こちらの世界の須藤聖也も悪党。


「川谷さん。企業としてのリスク管理の重要性は分かりますよね。弊社といたしてましては犯罪者のいる企業とは取引はできません」

「はい。至急弊社に戻り、検討します」

川谷さんは私の意図を読んだのか深く頭を下げると、足早に部屋を出ていった。

彼も須藤聖也に思うところはあったのだろう。

「おい! ちょっと待てよ、川谷! る、瑠璃ちゃん、酷いよ。君、ヤらせてもくれてないのに」

「瑠璃ちゃん? 気持ち悪い。貴方、自分がイケてるとでも思ってるのですか? だとしたら、酷い勘違い。一刻も早く貴方がいるべき塀の中に行けるようお祈りいたしますわ」

 私が思わず吐き気をもようしながら言った言葉に、須藤聖也は真っ青になると急いで川谷さんを追いかけた。


 一人の社員の行いが会社を窮地に追いやることもあるというのに、大手広告代理店DTKは採用前に身辺調査もしていない。叩けば埃しか出てこない男を雇うような企業とは関わらない。川谷さんは良い人そうだが、だからと言って私はリスクを負うつもりはなかった。


 今日の午前中の訪問。私にとって重要なのはもう一人の方だ。




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