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第100話 貴方と友達になりたい

「ネガティブな問題がある? 良いことばかりじゃない? 自分の選択しなかった『IF、もしも』の世界を知れるのよ。学びしかないわ」


「本気で言ってるの? ルリさんがあった被害と苦しみを知った上での言動だとしたら本当に怒るわよ。結局、この薬を流通させて稼ぎたいっていう気持ちが先行して、私の意見を誘導してるでしょ」


 私の激昂に槇原真智子は心底驚いたような顔をして面白く無さそうに顔を顰めた。彼女はもう一人の私が親友になった私とも違う。きっと、ルリさんの親友の槇原真智子ならば、私の発言の意味を即座に理解するはずだ。

 タイムリープ、やり直し人生などの創作物が溢れる昨今。あの時、違う選択をしていたならばという気持ちを持たない人間はいない。それでも、現実は自分のした選択をリセットすることも修正することもできない。並行世界の移動はその現実をより深く叩きつける残酷さがある。

 私たちにできるのは失敗した選択をしても、その選択を受け入れ歯を食いしばり生きていきことだけ。


「あちらの世界の私にも反対された。この薬の一般化は無理だって。こんなに努力したのに何で? 私はこの薬を多くの人に知ってもらって使って欲しい!」 


 私は演説のように私を説き伏せようとする彼女の言葉に首を振る。そんな私を見て彼女は語気を強めながら私に必死に訴え続ける。


「健康な精神を持つ人なら大丈夫よ。ほ、ほらっ、あちらの世界のモリモトルリは精神状態が普通じゃなかったじゃない。だから、追い詰められただけで特殊なケースよ」


「ルリさんは繊細な人だけど、精神的には弱くないわ」

 むしろ目的の為ならストイックに取り組む強靭な精神を持っている。日々の鍛錬によって作り上げた身体。辞書のようなマニュアルを完徹して暗記する気合い。彼女との関わりは少しだったが、並の精神力ではないという事は分かった。


「確かに基本スペックは貴方と同じだものね。森本瑠璃、貴方は強いわ。義実家の事業を乗っ取って大幅黒字転換し、今じゃ有名な女社長だもの」


 私は周囲から自分がどう見られているかをあまり気にしたことがなかったが、結構な野心家と勘違いされているようだ。

 こちらの世界の真咲隼人も、私を野心家だと言い放っていた。社長になったタイミング的に、彼のいう通りにしたようで気分が悪い。

 実際は、世襲企業で大事な息子に継がせたかったホテル事業を嫁の私が引き継いだだけ。感染症明けによる人材難や赤字問題。問題は山積みだったが、運良くインバウンドの波に乗れた。 それでも、妊娠や子育てをしながら1日3時間寝られれば良いくらいの毎日でここまで来た。弱音を吐きたいけれど、一樹の前では彼の理想の強い私でいたい。

 誰にも言えない弱音を、目の前の女に吐いたら距離が縮まったりするかもしれない。でも、私と彼女はそこまで仲が良くない。


「一応、私も必死なのよ。必死に自分のできることをして幸せになろうとしてるの」

 ルリさんも必死だったのだろう。精神的に追い込まれても自分の人生を諦めなかった。詰んだような自分の人生を好転させようと、並行世界に行くなどという冒険をした。


「あちらの世界のモリモトルリだって今は幸せじゃない。確かに、もう一人の私にルリさんはあなたの存在を知って死ぬ程苦しんだって聞いたわ。絶対、この薬は世に出しちゃいけないって⋯⋯。じゃあ、何の為に私は頑張って来たのよ」


 苦笑いを浮かべる槇原真智子。

 彼女は生涯をこの研究に賭けている。


 それは、一樹がどうしてもパイロットを続けたいと言ったのと似ている。お金目的でも何でもない、自分の生きる道標。


「私も槇原さんと同じ。実は、そこまでこの薬がまずいものかはあまり分かってない」

 ルリさんの苦しみは私が味わったものではない。私としてはルリさんのセレブ生活は経験したのを後悔するものではなかった。


「じゃ、じゃあ」

 私の言葉に希望を見出したかのように槇原真智子が顔を上げる。

 瞬間、脳裏に頭をかき乱すように苦しんで、倒れて気を失ったルリさんが蘇る。ルリさんしか知らない苦しみを本当に理解して寄り添おうとした人がいた。あちらの世界の槇原真智子。


「私たちってドライ過ぎるのかもね。だから親友とかできないのかも。この薬でショックを受けて死ぬ程苦しむ人がいるかもしれない。自分基準ではなく、繊細な人の気持ちに寄り添うの。使い道はあるわよ。槇原さんの頑張りと夢を無駄にはしない道を私も一緒に考えるから」


 私もルリさんが羨んで苦しい気持ちになった。一樹にまで毎日一緒にいたら廃人になると言わせる程の女の魅力を持つルリさん。


 そして彼女には絶対的な味方になってくれる親友、槇原真智子がいること。


 ルリさんを幸せにしたのは真咲隼人かもしれないけれど、彼女の命を繋いだのは間違えなく槇原真智子。


(そんな相手、私にはいない⋯⋯)


「あちらの世界の私と貴方って驚くくらいベッタリよ。お互い何でも相談しあって、困ったことが助け合って⋯⋯。友情超えて愛情なんじゃないかと思うくらい。少し羨ましい。そんな存在、私にはいないから⋯⋯」


 ポツリと寂しそうに呟く槇原真智子に私はため息をついた。

 彼女も私とそんな存在になれたかもしれない可能性を考えているのだろう。


「これから作れるんじゃない? あちらの世界じゃ、私たちって4年近くワンルームで過ごした仲みたいよ」


「気持ち悪っ! 他人とそんな空間で過ごせるって、あらぬ仲を疑うわ。友情を超えて絶対にできてるでしょ」

 苦笑いを浮かべながら、私に手を出してくる槇原真智子の温かい手を私は両手で握り締めた。


 彼女と友情を築けるか分からないけれど、きっと彼女とは信頼関係を構築できる。

 愛する夫と子、やり甲斐のある仕事を手に入れた私は欲張りにもルリさんの持っていた一生の親友を求め出していた。





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