娘の真奈は3歳になった。
今日は真奈を保育園に連れて行ったら、産婦人科に寄ってから会社に行くつもりだ。ここ1週間続いている吐き気には覚えがあったので妊娠検査薬を使うと結果は陽性。真奈を出産した山崎産婦人科は妊娠8週目までに予約を取らないと、分娩予約が埋まってしまった。正直、いつ出来た子かなんて分からない程、私と一樹は一緒の時はラブラブだ。ギクシャクしていた同棲期間も今となっては懐かしい。
真奈は随分とお喋りが上手になった。
そして、パパっ子だ。
一樹は非常に子煩悩で優しいお父さんだ。
パイロットという仕事上、毎日一緒に居られるわけではないので真奈はパパとの時間をいつも待ち望んでいる。
「ねえ、ママ、パパは今日帰ってくるの?」
「パパは明日、朝帰ってくるわよ」
本当は深夜に帰宅予定だが、それを教えしまうと彼女が寝てくれない。
保育園に到着し、真奈を先生に引き渡す。
「今日は17時頃に迎えに来られるかと思います」
真奈が私の言葉を聞いて目を輝かす。いつも延長保育を使っていて彼女は最後まで保育園に残っている。「保育園楽しいから、お迎えは遅くて良い」と言っていたのは彼女の強がりだったようだ。
「はい、分かりました。延長は良いんですか?」
保育園の若い女性の言葉は今、私の経営する園田リゾートホテルズが話題になっているからだ。
「大丈夫です」
正直、私は吐き気が常にあり、残業ができる状態ではない。
「ママ! お仕事あまり頑張り過ぎないでね」
真奈が手を振りながらいう言葉は完全に一樹の影響。
「真奈は今日お芋掘り頑張るのよ。今日の夕食はさつま汁だからね」
「はーい!」
温かい親子の会話を自分がしているのが不思議だ。真奈の歳の頃には私は幼稚園に通いながら小学校受験対策に忙しくしていた。3歳の私は歯を食いしばりながら机に向かい、既に人生はなんとつまらないものだろうと思っていた。
会社の危機である今なのに、私は自分の人生に充実感を覚えている。優しい夫、可愛い娘、守らなければいけない社員達。そして、もう1つ守らなければいけないものができそうだ。
園田リゾートホテルズ東京の徒歩圏にある久しぶりの山崎産婦人科。
掛かっているテレビで『外資に目をつけられた園田リゾートホテルズ』が特集されていて思わず俯いてしまう。ホテル最大の危機が訪れた。ホテルの業績は好調だったが、外資の投資ファンドが園田リゾートホテルズを買収しようとしてきたのだ。
テレビから街頭インタビューの様子が聞こえてくる。
『女社長に変わってから、本当にきめ細かいサービスになりましたよね。私、お気に入りで結婚式を挙げたんですよ。子供が出来たら産後のケアプランも使いたかったのになくなっちゃうのかな』
『産後のケアプラン』は山﨑産婦人科とも提携したサービス。赤ちゃん連れでエステや、レストランの個室で食事が楽しめて好評だ。
『瑠璃社長応援していたので悲しいです』
聞こえてくる音声が、完全に敗北する私を応援する声ばかりで居た堪れなくなる。
週刊誌でも読もうかと、手を伸ばしてとる。飛び込んできた表紙の『外資ハゲタカVSホテルの女王の異種最強王決定戦』というタイトルに居た堪れなくなりそっと本棚に戻した。
『元スッチーの社長だよね。素人の女が出しゃばると昔から碌な事がないんだよな。園田リゾートホテルズも歴史あるホテルなのに災難だね』
テレビから聞こえてきた初老の男性の声に私の血が騒ぎだす。応援の声に落ち込みアンチの声に燃える私の前世は戦闘民族なのかもしれない。