目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第103話 予想外の救世主

「園田さん、園田瑠璃さん。2番診察室にお入りください」

 名前を呼ばれると私に注目が集まる。

 私はそそくさと診察室に入った。

「ここに袋が見えますか? このチカチカしているのが心臓。妊娠7週目ですね」

 会社がピンチの時なのに、私は思わずガッツポーズしてしまった。


「ふふっ、園田さんおめでとうございます。帰りは裏口をご案内しますね」

「お気遣いありがとうございます」

 私は若い女性ドクターの配慮に驚き感動してしまった。サプライズとは最上のサービスだ。私にはまだ園田リゾートホテルズでやりたい事が沢山ある。他の人間の手には渡せない。

 園田リゾートホテルズが外資の手に渡れば、苦楽を共にした仲間がリストラされるリスクがある。皆で相談しながら考えて評価を得てきた細やかな日本的サービスも継続できる保証はない。



 強い決意をしながら、私は園田リゾートホテルズの社長室に戻る。東京の総支店長の椎名亨報告を受けていると急に吐き気が襲って来た。


「瑠璃社長、なるようにしかならないと思います。日本の国力が低下していますし、これも時代の流れです。あまり抱え込まないでください」

 買収を誰より嫌がるであろう人物、椎名亨が私を慰めて来る。私の吐き気を過労によるものだと思ったようだ。

「インバウンドに調子に乗ってる場合じゃありませんでしたね。そんな諦めた事言わないでください。私を信じて」

 なぜ忍び寄るリスクに気が付かなかったのだろう。乱立するタワマンを買い占める中国人投資家、どんどん参入する外資系ホテル。円安も進み、立地の良い園田リゾートホテルズが目を付けられるのは予想が出来た。


「私も正直言うと諦め切れません。勤続30年ですが、私は園田リゾートホテルズで働く事を誇りに思ってます。瑠璃社長、真咲社長に相談してみるのはいかがでしょうか」

 外資に乗っ取られると、経営陣は一新されるだろう。


「真咲社長に相談するのは、リスクが高すぎます」


 真咲隼人は半年前に某ホテルを買い取り、経営陣を一掃した。そして、ホテルの建物そのままに老人ホームに変えてしまったのだ。彼が魅力を感じていたのは、ホテルの立地の従業員。従業員は資格を介護資格をとって仕事を続けている。真咲隼人にお願いすると言う事は、ホテル事業ができなくなるリスクを伴う。それと同時に私たち経営陣が彼から見て無能かどうかの判断を彼に委ねる。ホテル経営に携わり始めてから、経営者の視点で彼をみると非常に恐ろしい人物だと分かる。正直、彼には人の心や情など全くなく、彼にとっては世界が盤上のゲームのようにしか見えない。


「確かにそうですね。最近は自社株を買って、細やかな抵抗をしているつもりです」


 椎名亨の言葉に胸が痛くなる。いくら愛社精神の強い社員が自社株を買って防衛しようとも莫大な資金力の前で話す術がない。

 椎名亨が下がったとほぼ同時に秘書が社長室に飛び込んでくる。

「社長、来客です」


 アポイントメントをとっていない来客は通すなと言っていたはずなのに、秘書の目は光り輝いている。

(な、何事?)

「誰?」


 私が尋ねるのと同時に社長室の扉が開いた。そこにいたのはお久しぶりの真咲隼人。

 秘書が慌てて頭を下げてお茶を用意する。

 真咲隼人はソファーに腰掛けるでもなく.口を開いた。相変わらず美しいが表情がなく、別世界の彼と比べて恐怖を感じる。


「僕が園田リゾートホテルズの株を買い占めたから、外資の買収の心配はない」

「えっ? それは、どういう」


「そのまんまの意味だ。ひよッ子の君が右往左往して時間を無駄にするな。助けを求めに来い!」

 私は買収を防ぐ為に寝ずに動いてきた。しかし、圧倒的資金力の前にはなす術がなかった。


「園田リゾートホテルズが真咲社長のものになったのですか?」

 私の言葉に真咲隼人は優しく笑った。

「君のものだ。僕から君へのプレゼントだ」

 無表情だった真咲隼人の顔がゆっくりと柔らかくなる。


 急に綺麗な顔で微笑む彼に戸惑っていると、彼は呆れたように溜息をついた。

「宿題をクリアーしたのだから連絡して来い。稼がせてやる約束をしただろう。それに君は僕じゃないんだから、他人をもっと頼らないとやっていけないぞ」


「何かありましたか?」

 私は真咲隼人が私に対し好意的になったのを訝しんでいた。彼はビジネスのプロ。今回の行動も何か裏があるのかもしれない。


「あちらの世界の僕は君を心から愛していて、愛されていた。あちらの世界の君は幼い頃読んだお姫様のように華麗で、君もまた姫なのかもしれないと思ったら助けてやりたくなっただけだ」


 唐突な真咲隼人の告白に私は驚きのあまり絶句する。彼は並行世界に行ってきたという事だ。


「まあ、僕は君みたいな戦う姫ではなく、クラシカルな暇が好みだから勘違いはして欲しくない」

 サイボーグ社長が急に夢見る社長になっている。ルリさんの影響だろう。でも、今の彼とは一緒に仕事がしたいと思える。やはり、仕事はサイボーグ相手ではなく、心ある人としたい。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?