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第104話 新しい関係の始まり

「その姫トークまだ続きます? 仕事の話をしましょう。制服の一新をしようと思うのですが、ご相談させてください」

 私の言葉に真咲隼人は肩をすくめた。


「はあ、今更あの冴えない制服の問題に気が付いたのか。僕は四半世紀前から問題視してたぞ」

 呆れたような顔をしながらも、真咲隼人は相談に乗ってくれた。真咲グループの持つファッションブランドの全面バックアップにより、一新する。


 マルチタスクを取り入れながらも、制服は各部門ごとに異なっていた。そして、創業以来変わらない高級素材のもので、新しい人が入って来る度に採寸して作る。それを、ホテル全体で同じ制服にし、別部門の仕事をする時はネームプレートの上に部門プレートを付けることにしたのだ。


 真咲隼人と商談をしていると、突然吐き気が襲ってきて口元を抑える。

「おいおい、今が大切な時だぞ。体調管理はしっかりしろ」

「妊娠7週目なんです⋯⋯」

 私の言葉に真咲隼人が頬を染めながら、ゆっくりと語り出した。

(な、何?)

「ルリ姫も妊娠していた。妊娠8ヶ月だ。愛おしそうにお腹を撫でる姿は慈愛に満ちていて聖母マリアのようだった⋯⋯」

 私はルリさんが5人目を妊娠中なことと、こちらの世界の真咲隼人まで恋に落としていることに驚愕した。

(ルリ姫⋯⋯)


「私も妊娠初期なので、無理せずやっていきたいと⋯⋯」

 口を開いた私に対して、真咲隼人は毅然とした表情に戻る。


「絶対に妊娠は周囲に漏らすな。少なくともこの3ヶ月はな!」

「元より安定期になるまでは、周りには言わないつもりです」


「そうじゃない、今がどういう状況か理解しろ。外資に乗っ取られる危機を切り抜けたんだ」

「真咲社長のお陰です。ありがとうございます」

 お礼を言う私に彼は首を振った。

「なかなか首を縦に振らない僕を必死に説得したと社員には説明しろ。自分のやりたい事をやる土壌を作るチャンスだ。今、社員は危機を乗り越えて最高に士気が上がっている」

 真咲隼人の言う通りだ。外資の買収の話があってから、ホテル全体に諦めのようなムードが漂っていた。日本的サービスに拘る意識高い社員の中には転職活動をしていた者までいる。


「3ヶ月ですか。かなりツワリがきついんですが、隠せるでしょうか」

「弱音を吐いてるのか? 君らしくもない。隠せるかじゃない、隠すんだ。園田リゾートホテルズは極めて日本的企業。皆、当然のようにプライベートを犠牲にしながら仕事をしている。そこで訪れた会社の危機に社長が子作りに勤しんでいたと気付かせてしまったら、一気に求心力を失うぞ」


 私と一樹は別に今、子作りに勤しんでいたのではない。彼はパイロットをしていて、私も社長業で忙しくしている。すれ違い生活が続く中、どうしても再会した時は恋人のように盛り上がってしまう。子供が出来ても会えない時が愛を育てている状況が続いている。


「分かりました。貴重なアドバイスありがとうございます」

「3ヶ月で、結果を出して周囲に力を見せつけろ。それが出来て仕舞えば、妊娠も出産もお祝いムードの中気持ち良くこなせる」


 真咲隼人はよく周りが見えていて彼の言う通りだと感じた。


 彼自身は息子を1人もうけたが、麗香さんと1年前に離婚した。麗香さんが若手俳優と週刊誌に撮られたのだ。妻の有責による離婚で、息子の親権は父親である彼。彼のブランドイメージは下がらず、むしろシングルファザーとして応援する声がほとんど。大河原麗香の実家からの利益は全て吸い上げ済み。結局、彼は真咲家の跡取りまで得ている。


 全て計算通りにだったように、『ジュエリー真咲』は親から子供へ最初のプレゼントのファーストジュエリーシリーズをリリース。離婚報道で注目されている絶妙なタイミング。ファーストジュエリーシリーズは誕生石のついた子供用のアンクレットが飛ぶように売れた。何もかも仕事の利益のみ考えたように上手く進める彼に私は恐怖を感じていた。


 しかし、今目の前にいる男は私の置かれている立場を心から考えてくれているのが分かる。


 そこからの真咲隼人の仕事ぶりは神技だった。自社の会社の新ブランド立ち上げと共に園田リゾートホテルズの新制服を宣伝。制服を変えただけなのに人々は園田リゾートホテルズがレベルアップしたように捉えた。メディアをはじめ大衆の心を掴むプロ。そしてスピード感が半端ない。彼は私との契約当日に既に記者会見場を抑えていた。私は彼と一緒に宣伝活動をしたが、彼の自己プロデュースのうまさ驚いた。サイボーグでも、夢見る男でもない、みんなの王子様真咲隼人。彼の関わった制服を着た従業員がいるホテル。それだけで宣伝になるような彼自身のブランド力があった。


 私は聞きたい事があり、槙原真智子と会う事にした。

 スマホを出し、彼女の番号に連絡をする。


「もしもし、真智子さん? 今日、会える?」

「夜の20時には解放されるかな? それからで良いなら。美味しいIPAビール見つけたから買ってくね」

「お酒はちょっとダメなの。実は妊娠したの!」

「本当に? 良かったじゃない。2人目欲しいって言ってたのよね」

「あの、妊娠の件は周囲には秘密で」

「研究所と家を往復して友達もいない私が誰にバラすのよ。とにかくおめでととう」


 真智子さんが自分の事のように私の妊娠を喜んでくれて温かい気持ちになる。


 誰にも聞かれたくない話をするので彼女を自宅に招いた。娘の真奈を子供部屋に寝かしつける、


 私と彼女は友人関係とまではいかなくても、信頼し合える関係にはなっていた。


 コバルトブルーのリビングソファーに槇原真智子さんが腰掛ける。

「今日、旦那さんと、真奈ちゃんは?」

「一樹は仕事で遅くなるわ。真奈はもう寝てくれたの」

「パイロットとホテルの女王は休みが中々合わないのね。真奈ちゃんは相変わらずよく寝て忙しいお母さん想いの良い子みたいね」


 真智子さんは相変わらず独身で研究に没頭している。私と彼女は全く違う生活を送っているが、お互いのことを良く話すようになっていた。



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