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第105話 絶対負けたくない相手

 私が出したコーヒーに口を付ける彼女に聞きたかった質問をした。


「真智子さん、真咲隼人を並行世界に連れて行ったのね」

「投資家としての特別枠でね。あちらの世界では彼からパラレル総合研究所が多額の寄付を受けてる」

 真智子さんは寄付目当てで真咲隼人を並行世界に連れて行ったように言ってる。しかし、タイミング的なものもあり、それだけではないと勘繰ってしまう。彼女は突っ張ってるので、私を助ける為とは絶対に言わない。


「真咲隼人が園田リゾートホテルズを救ったみたいだけれど、私もそこまでは予測してなかったわよ」


 私の心を読んだかのように真智子さんが続ける。

「あちらの世界のパラレル総合研究所は真咲隼人の寄付によって潤っているのよ。こちらは昭和の建物のまんまなのに、あちらは最新鋭の設備」

「それは、こちらの世界のパラレル総合研究所も動くわね」

 どうやら、本当に寄付目当てで真咲隼人を並行世界に連れて行ったようだ。



「彼の寄付には、あちらの世界の私も助けられた。モリモトルリに並行世界に移動する薬を渡したのが露見して、あちらの世界の私は懲罰委員会にかけられてたの。でも、真咲隼人が多額の寄付をしたのは、モリモトルリの件があったからという事で不問になった」

 知らないところであった事実に、私は胸が痛くなった。


「会話をした感じ、並行世界が随分と真咲隼人にも変化をもたらしたように見えたわ。あちらの世界の真咲隼人と接触したの?」

 真咲隼人はお仕事マシーンのようだったのに、生命を吹き込まれたように表情が豊かになっていた。


「瑠璃さんの助言通り研究者以外だから、パラレル研究所の人間同行の上、透明人間になる薬を併用しての見学⋯⋯」

「えっ? あちらの本人とは接触してないの?」

 私の言葉に真智子さんは頷きながら答えた。

「じっと見つめてたわ。子供たちに囲まれる幸せそうなもう1人の自分とルリさんを⋯⋯」


「なんだか切ない。胸が痛いわね」

 別世界の自分の方が幸せそうでルリさんは苦しんだように話していたのを思い出す。私の曇った表情を見て真智子さんが笑い出した。


「ふふっ、私が同行したのだけれど真咲隼人は全くしんみりしてなかったわよ」

私はまた自分の物差しで人を計ってしまってたようだ。


「そうなの?」

「あちらの世界のルリさんに恋をしたのか、彼女の為になるなら幾らでも寄付したいと申し出てきたわ」

 確かに並行世界が連携すれば科学や医療の発展に寄与できる。優秀な限られた頭脳が協力するのだから当然だ。私はまた自分の物差しで物事を考えてしまった。世の中には人を貶めるような酷い人もいれば、別世界で決して触れられない女性に尽くす男もいると言うことだ。


「叶わぬ恋ね」

「だから、燃えるのかもよ。あちらの世界の真咲隼人もルリさんに尽くしてるし、元々そういう人なのかも」

 ルリさんは真咲隼人を好きになり、彼の好みに寄せてったといっていた。その効果もあるのか、こちらの世界の真咲隼人まで惚れさせるとは流石だ。

 ルリさん自身も私の世界の一樹にいっとき恋をしたと言っていたが、全く未練はなさそうだった。別世界の相手でも想い続けたい、力になりたいという真咲隼人は本当は非常に純粋な人。もう1人の私が愛した人は、素敵な男だったようで安心した。


 女2人なのに盛り上がるのは恋バナではなく研究と仕事の話。気がつけば、既に時計の針は午前0時を回っていた。


「じゃあ、またね。妊娠中なんだから、あまり無理しちゃダメよ。言っても無駄なんだろうけど」

 真智子さんが紙袋を渡してくる。中に入っていたのは様々な種類の紅茶缶。ルイボスティーやハイビスカスティー、パープルティーなど見たことのない銘柄まである。


「紅茶のセット?」

「全部カフェインフリーだから安心して飲んで。しばらく大好きなビールも飲めなくて寂しいでしょ」

「ありがとう。実はさっきから紙袋の存在が気になってたの」

「もう、言ってよ。危うく手土産渡しそびれるところだったじゃない。私が並行世界の話になると夢中になるの知ってるでしょ」

 私は彼女の言葉に思わず笑いながら、小学校2年生の時、夢中で話す彼女を変わり者と避けた事を思い出していた。


 真智子さんを見送るのと、すれ違うように愛する夫が帰宅する。一樹は私を見るなり思いっきり抱きしめてきた。

「インターバルのテレビで君と真咲隼人が握手しているのを見て、自分でも驚くくらい嫉妬した」

「一樹でも人に嫉妬したりするのね?」

 私の中で彼はゴーイングマイウェイ。

 自分のルックスの強さは認識していそうだし、嫉妬とは無縁だと思っていた。


「なんだろう、本能的に君を取られるような気持ちになって⋯⋯」

「そんな訳ないでしょ。私の心は永遠に一樹のものよ」

 私は愛する人の首に手を回し、キスをする。すると、私からのキスに興奮したのか一樹が私を抱き上げて来た。

「ちょっと降ろして。赤ちゃんがびっくりする」

 一樹が驚いたように、私を床に降ろす。


「えっ? 本当に!」

「実は今朝、産婦人科に行ったら分かって」

 待望の2人目。

 フライト中の一樹より先に、私は成り行きだが真智子さんに報告した。嬉しい事があった時に報告して、その喜びを分かち合っているのだから、私達はもう友達だ。


「こんにちは。パパですよ。君のママは世界一可愛くて素敵な人だよ」

 屈んで私のお腹に話しかけてる一樹に笑みが溢れる。本当に私の事が大好きな可愛い人。


「まだ、妊娠2ヶ月だから、話しかけるの早過ぎ! 真奈は眠りについてるし、世界一可愛くて素敵な妻が今は一樹だけのものよ」


 私を熱っぽい表情で見上げてくる一樹を見て、私は心から幸せを感じた。彼の私を求めてやまない視線が好き。身体中が泡立つのを感じながら、私はそっと彼の頬を撫でる。彼を一晩で虜にしたもう1人の私。勝気な私は当然、一樹の中の彼女にも負けるつもりはない。


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