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第108話 同じスペック

 隣で眠っている隼人の寝息を感じながら、私は真智子の結婚式に思いを馳せていた。


 「真智子の好きなもの書き出してみようかな」

 妊娠は3度目だが、毎度妊娠後期は頻繁に眼が覚めてしまう。

 私は重い体をごろっと横にして、起き上がるとリビングに移動した。


 ベビーモニターを見ると、うちの可愛い天使達は皆眠りについている。

 お腹の中にいる愛しい子に会える日が待ち遠しく私はお腹を撫でた。


 「真智子の体型はスレンダーな痩せ型。ドレスはどんなものが良いかな」

真智子は新婚旅行に来るギリギリまでは仕事で忙しいと言っていた。だから、私の方で彼女の要望を察知して結婚式を完成させたい。


「172センチ53キロくらい? 変わっってなければ⋯⋯ドレスはマーメイドラインとか似合うよね。それにシンプルなデザイン」

 撫で肩がコンプレックスだと言っていたから、肩は出さない方が良いだろう。

 デコルテは繊細なレースで覆って、露出は下げて大人っぽく。

 私は自分の中の真智子を呼び起こし、彼女の好みを考えつつウェディングドレスの絵を描く。


「真智子が好きなもの⋯⋯甘さ控えめのマカロン、ピスタチオ⋯⋯川沿いの散歩?」

 真智子はゆったりした時間が好き。サプライズをして彼女を驚かせたいとは思ったけれど、ある程度敢えて匂わせていた方が準備ができそうだ。

真智子は私にとって大切な人。大切な人の大切なパートナーとの大事な日を心の残るものにしたい。


「好きな花は何だっけ? 好きな香りは?」

 メンタルが正常でない私と住んでいた真智子は常に私に合わせていた。

私をリラックスさせる為にラベンダーのお香を焚いたりしてくれたのに、私は自分のことばかりで泣き喚くばかりだった日もあった。


「ゼラニウムの匂い好きだったな」

 自分勝手な私に浮かぶのは彼女が何をしてくれたかばかり。

「花でも見て、リラックスしたら」と言ってくれた彼女が持ってきてくれたゼラニウム。

 寂しく特長もない花だった。薄ピンク色で何の特長もない野花のような花。

 そんな花の香りに私が落ち着いたのを見ると、ゼラニウムのお香を毎晩焚いてくれた真智子。


「ゼラニウムの花言葉は⋯⋯」

 スマホで検索して出てきた文字に涙が止まらなくなる。

「『真の友情』、『君ありて幸福』って⋯⋯。真智子⋯⋯』

 涙が溢れて止まらなくなる。

私にとって彼女は、どん底の時に唯一手を差し伸べてくれた人。

私の酷い姿を一番見てきたのに、見捨てずにいてくれた人だ。


「川沿いの散歩も好きだったよね。セーヌ川をクルーズとかどうだろう⋯⋯」

 私はスマホでセーヌ川クルーズを調べる。

真智子を喜ばせたい。両親でさえ見捨てた私を守ってくれた人。

 ただの友達じゃない私にとって彼女は⋯⋯。


「るーり!」

 突然、後ろから抱きしめられて慣れた温もりを感じる。


「隼人、こんな夜遅くにどうしたの?」

「ルリこそ、ちゃんと寝ないと。1人の体じゃないんだから」

 私の大きなお腹を見ながら、愛おしそうに隼人が微笑む。


「ちょっと、目が冴えちゃって」

「泣いてた?」

私の目尻に隼人が軽く口付けてくる。


「泣いてないよ。私、もうママだもん。私はもう守るべき命を守る側なんだよ」

自分に言い聞かせるように言った言葉。

私は沢山、真智子や隼人に守られてきた。

でも、今はそんな甘えた事を言ってられない。


 私がウェディングドレスを描いた紙を隼人が手に取る。

「槇原真智子さんの為のウェディングドレス?」

「うん。真智子に似合うドレスを私なりに考えてみたんだ」

「絵、上手だね。凄いセンスあると思うよ。これで作ろう」

「本当に? 身長172センチ体重52キロくらいのスレンダー体型にぴったり合うように作ってね」

 私は自分が真智子の体重を勝手にバラしてしまって、慌てて口を塞ぐ。

そんな私を見て隼人はクスクス笑っている。


「隼人、私ね。真智子にいっぱいお世話になったの。真智子がいなかったら私ここにいなかったと思う。真智子はね、見返りとか気にしない子。だけど、私はこれから恩返しがしたいし、散々最悪な私を見せてきたからちゃんとした所見せたい」

私の言葉を聞くなり、隼人はニヤリと笑う。

「ルリ。君の願いは全部叶えるよ。だから、望みは何でも言って欲しい。正直、槇原真智子さんにはめちゃくちゃ嫉妬してる。ルリの中での真智子さんに勝ちたいよ」


 私の考えている事全てをわかっているように振る舞う隼人。

 でも、きっと全ては分かっていない。私には願望が2つある。

1つは私を支え続けてくれた真智子に恩返しする事。


もう1つは、誰にも言えないけれど社会復帰することだ。

子供も生まれてママとしての役割を持てた事は私の精神安定に繋がった。

でも、並行世界の瑠璃の活躍が私の心をざわつかせる。


 私には心に傷があり、いつその傷口がパックリ開いてパニックになるかは自分には分からない。

それでも、私は自分も社会に、経済活動に関わりたいと思っていた。

もう1人の私はCAとして仕事をし、今ではホテル経営をしている。

 それに比べて私は、隼人の庇護の元で悠々自適な生活を送っているだけ。


(私も瑠璃と同じスペックを持って生まれたはずなのに)


 体がふわっと浮く。

隼人が私を横抱きにしている。

いわゆる、お姫様抱っこ。


「ルリは今お腹で3人の子を育ててる。君は既に4人の命を守るママでもあるんだよ。だから、夜更かししちゃダメ。君だけの体じゃないんだから」

「うん、そうだよね。元気な子を産む為にもちゃんと寝なきゃ」

 私は自分の願望を封じる事にした。

私は沢山の命を預かっている。今、愛する人に愛されて、可愛い子供たちもいるのに何が不満なのだろう。


「私、痛いな⋯⋯」 

「ルリは痛くない。最高の女だよ」

足るを知る事は大切なのに、まだ喉が渇いているとばかりに何かを求める自分に呆れた。承認欲求の強い痛い女みたいだ。私の承認欲求は突き詰めると自分に自分を認めさせる事。私は社会からフェードアウトして、流されるままに隼人に頼っている自分を認められていない。

そんな自分のくだらない欲求など無視して仕舞えば良い。私は夢のような王子様に愛されて十分幸せだ。





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