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第111話 王子様はお見通し

真智子夫婦も帰国し、臨月に入った。


「ママ、もうすぐ生まれるね?」

恵麻が私のお腹を撫でる。

この中に三つも命があるなんて信じられない。

私が守らなければならない命。

大切で愛おしい子供たち。


リビングでくつろいでいても、四人の子供が私にくっついてくる。

「「「「ママー!」」」」

こんなにも必要とされる存在になれた事が嬉しい。

誰も私を必要としていないような感覚に死んでしまいたいと思った時さえあった。


「あっ! パパだー! やっぱり、パパは世界一かっこいいね」

「うん、そうだよ」

テレビに映った隼人を見て子供たちが興奮している。

今日は新規事業のウェディング事業の発表会。


「⋯⋯本当に、かっこいい」

小さい頃からずっと勉強してきて親には学者になるように言われて来た。

自分の興味のない将来を押し付けられても、心を殺して従っていた。

人生のモラトリアム期間のような大学生活を楽しみにしていた。

大学に入ってすぐに会った出来事により、世界は真っ暗になった。


真っ暗な中、私の手を離さないでいてくれた真智子。

私の前に突然現れた王子様、隼人。

沢山傷つけられたけれど、私は真咲隼人が好きだ。

自信家で、自分のやりたいように生きる彼のようになりたいと本当は思っていた。


もう一人の私の活躍を聞くと嬉しいと思う反面、悔しかった。

私自身は隼人がいなければ何もできない。

子供を育てるという役目が終わったら私はどうなるのだろう。

おばあちゃんになっても王子様は私を求めてくれる?

子供たちは私のような何一つ成し遂げられなかった人間を見てどう思う?


私は自分がどうすれば納得いくのか分からない。

仕事でも認められて、好きな人との子供にも囲まれた瑠璃にも悩みはあったりするのだろうか?


『ウェディング事業では、個々のお客様にあった綿密なプランを提供します。結婚式は一生の思い出ですから』

テレビの中の私の王子様の語る言葉に私は自分の結婚式を思い出していた。

バージンロードを父親とではなく一番信頼できる親友と歩いた。

招待客は驚いたかもしれないけれど、私にとっては一番しっくり来た。


『こうであらなければならない。そういう常識にとらわれない結婚式を提供して行きたいと思います』


隼人の合図と共に紹介されたのは、真智子のウェディング。

うちの家の庭で思い出の花や親しい人、私のデザインしたドレス。

派手ではないけれど、大切に用意した時間。


(えっ? えっ?)

私は少しパニックになりながら、テレビに見入った。

真智子はそんなに外に出るのが好きなタイプではない。顔が映らないようにしてあるとはいえ、こんな風に映されたら嫌なんじゃないだろうか。


その時にスマホにメッセージが入る。

『サプラーイズ! ウェディング事業の総責任者就任おめでとう! ルリならできるよ。貴方は誰よりも夢見るお姫様だから。真智子』

私は再び混乱した。

真智子はこの発表を知っていたという事なのだろうか。


「ママもパパみたいに社長になるの? すごーい!」

恵麻の言葉に私は目を瞬かせながら、テレビを見た。


「⋯⋯隼人⋯⋯なんで?」

隼人は、私がこっそり夢見ながら作っていた事業計画書をもとにしたプレゼン。

自分の中でこういう事をやりたかったみたいな事を、夜中に目覚めてしまった時に書いては夢見ていた。

私はそれで十分だった。実際、碌に社会人経験のない私ができる事なんてない。


「ルーリ」

爽やかな香りと共に後ろから抱きしめられて心臓が跳ねる。

「は、隼人? なんで? 今、テレビに」

「生じゃないから、生の俺はここだよ。ルリ」

隼人が顔を近づけてきて、キスを求めてくる。

私は四人の子供の視線を感じて、思わず彼を突き放した。


「だめ、こんなの。子供の前なのに⋯⋯」

顔が熱くなりながら、私が彼から目を逸らすと恵麻と目が合った。

「何がダメなの? パパとママは王子様とお姫様でしょ。ちゃんと魔法のキスしなきゃ」


「「「キス、キース、キース!」」」

三つ子たちのコールが始まる。

私は戸惑いながらも、隼人を見つめた。

彼の色素の薄い瞳には、少しふくよかになった私の丸顔が映っている。


「私、太ったよね」

思わず顔を隠すと隼人の笑い声が聞こえる。

「太ったんじゃなくて、妊娠中。今、ルリはお腹の中で命を育ててるんだよ」


「知ってるよ。臨月で体が重いもの。それなのに、さっきの本気なの? あんなの冗談で作った計画書だよ」

自分を守るような嘘をつく。本当は結構本気に書き方を調べ、研究をし綿密に作った事業計画書。

完成させるだけで私は満足していたのは本当だ。

私はこれから7人の子供の母親になる。

事業なんてやっている余裕もなければ、やれるだけの能力や経験もない。


「よく出来てたから盗んじゃった。ルリの考えたものだから、ルリがやって! 大丈夫だよ。何かあっても僕が支える」

私の手を握りながら、額をくっつけて見つめてくる隼人。

本当に彼は何でもお見通しだったようだ。


「私も支える!」

「僕も支える」

「僕も!」

「ママ! パパー!」

可愛い子供たちが口々に言う。


「ありがとう! みんな、大好き。隼人、愛してる」

私は隼人の頬を手で包み込み軽くキスする。

相変わらず私のことが大好きな彼から沢山キスの雨が降ってきた。


「やったー。これで、もっと子供ができるね」

恵麻が嬉しそうにしていて、私は思わず隼人から離れる。

(流石にこれ以上は無理⋯⋯)


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