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第112話 白雪姫のお仕事

私は3人の娘を産んで7人の子のママになった。

生後4ヶ月、まだまだ忙しい。

メイドのオレリーの手助けは借りながら、子育てに奮闘している。

それに加えてウェディング事業についても総責任者としてオンラインで参加していた。


完全オーダーメイドのウェディングで、主に富裕層向けの事業になる。


「お母様、オムツ替え終わったよー」

恵麻もちゃんと戦力して活躍してくれている。

オムツはヒダヒダ部分が中に入ってしまっていて、このままだと漏れてしまうかもしれない。

(まあ、いっか)

恵麻は失敗したら自分で気がつき、今度は改善していく。

今はただ小さな手で私のお手伝いをしてくれた彼女を抱きしめたい。


「ありがとう。恵麻」

私は思わず恵麻を抱きしめる。

子供の時に褒められたくて沢山お手伝いをした。

しかし、出来なかった事を責められるばかりでお礼を言われたことはない。



真夜中、リビングで私はとあるVIPのウェディングドレスをデザインしていた。

以前、隼人と婚約関係にあった大河原麗華さんである。


メディアで紹介された真智子のウェディングドレスを見て一目惚れしたらしい彼女から、私にドレスもデザインして欲しいとオーダーがあったのだ。

真智子と麗華さんでは体型も違うし、私は麗華さんの事をそこまでよく知らない。

その上、私はデザインの勉強をした事もない素人だ。


「ルリ! 寝ないと」

後ろから急に抱きしめられて驚く。

爽やかなシトラスの香りと慣れた温もり。


「そうだね」

隼人が私の手元を覗き込んだ。

「それ、大河原麗華の案件だよな。やっぱり、断っても良いんじゃないのか?」

彼は麗華さんからオーダーがあった時に、真っ先に断るようにアドバイスしてきた。


ビジネスの経営がない私はここまで彼のサポートというか指示に従って何とかやってきている。

だけれども、このアドバイスには従えない。

「私がやりたいの。私が傷つけてしまった人をこれ以上傷つけたくない」


私の言葉に隼人は私を抱きしめる力を強める。

「傷つけたのは僕で、ルリは被害者だよ」

私は彼の言葉にゆっくりと首を振った。

「私はそう思わない。それに、私の旦那様がお世話になった人だから晴れの日を彩るお手伝いがしたいの」


隼人は私の言葉に気まずそうに苦笑いをした。

「い、嫌がらせの可能性もあるから、断った方が良いと思ったんだ」

「嫌がらせ?」


大河原麗華さんとは一度しか会ったことがないが、嫌がらせをするような人には見えなかった。

首を傾げる私を隼人は抱き抱えながら、言いづらそうに口を開いた。


「彼女は血の気も多いし、性格も最悪だ。ルリがどんな素敵なドレスを作っても突き返したり、ビリビリに引き裂いたりするよ」

「そんな方じゃないよ。バイト先にも割れたグラスを弁償したいと持ってきてくれたんだよ」

私の中の麗華さん像と、隼人の中の麗華さん像が全く違う。


「やらかしのフォローに慣れてるだけだろ」

私は隼人の意地悪なところも好きだが、これには納得がいかなかった。


「私、あの時、彼女に隼人とはもう難しいって言ったの。そうしたら、私なら直ぐ次の人が現れるって慰めてくれたんだよ」


彼女からしたら、私が浮気相手。

本来なら婚約者である彼女は私を引っ叩いて罵倒しても良かった。

それなのに、婚約破棄して傷ついているだろう時に、私の気持ちに寄り添ってくれた。


突然、隼人が私の頭を抱え込み深いキスをしてくる。

キスに必死に応えていたら、彼が服に手を入れてくる。

私は思いっきり彼を突き飛ばしてしまった。


隼人が驚いた顔をしているが、私も驚いている。

頭の中が子供と仕事のことでいっぱいで、そんな気になれない。

「ごめん、隼人。7人で手一杯で⋯⋯」

「うん、それは気をつけるから」

もう一度隼人が私に手を伸ばしてきて、私はそれを避けてしまった。


隼人が明らかに傷ついた顔をする。

「ルリ、僕のしたことを許してないよな」

「えっ?」

毎日嫌になるくらい溺愛され、結婚して、子供が7人もできた。

私たちは夫婦円満で、幸せ家族だと思う。

隼人に傷つけられた傷はとっくに癒えている。

それだけでなく、一生消えないと思っていた須藤聖也に傷つけられた事もはるか昔の事と思えるようになってきた。


「僕にはルリだけだ。次なんていない。ルリがいなくなったら、その日に僕は死ぬ」

ロマンチストな彼が好きだが、子供がいる父親とは思えない無責任な発言。

「何を言ってるの? お父さんでしょ」

私の言葉に隼人は悲しそうな顔をした。


「もう、ルリの中で僕は子供の父親になってしまったのか? 僕の中ではいつまでもルリはたった一人のお姫様なのに」

隼人は私の前では本当に駄々っ子のように子供っぽい。

「私の中でもたった一人の王子様だよ。でっ、どお? このデザイン。麗華さんにあっているかな」

私が書いたデザインを見て、隼人は紙に他のデザインを描き出す。


「こんな女神みたいなドレスはルリ姫にしか似合わない。大河原麗華はこれで十分だ!」

彼が描いたデザインは完全にヴィランが着るようなドレス。

「悪魔のツノまでつけて酷い! レディーに優しくない王子様なんて嫌い!」

私は少し隼人を懲らしめることにした。

彼は麗華さんに悪いことをしてしまったという反省を全くしていない。


私が拗ねた顔をしていると、隼人が必死に縋ってくる。

「⋯⋯ビリビリに破かれてもいいの。私は麗華さんのドレスが描きたい」


私の言葉に隼人が息を呑む。

ビリビリに破かれても、それで彼女がスッキリして新しい一歩を踏み出せるならそれで良い。



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