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第115話 拝啓、もう1人の私

あれから三年の月日が経った。

子供たちも大きくなって行き、下の3人娘以外は学校に通っている。

私はウェディング事業も軌道に乗り、忙しい日々を過ごしていた。


今日も子供たちを寝かしつけて、隼人とイチャイチャした後リビングに来ている。

見守りモニターで子供たちの寝顔を見て思わず頬が緩む。

本当に可愛い私の宝物だ。


私はいつもこの時間、ここで仕事をするのだが今日は手紙を書くつもりだ。

出す予定がないけれど、書かずにはいられない手紙。


『拝啓 もう一人の私へ』

瑠璃との出来事があってから、もう十年近い。

頭がおかしくなった私が、自分の人生を何とかしたいと飛び込んだもう一つの世界。

まともな生活、二人の男からの求婚、何もかもが羨ましかった瑠璃の生活。


束の間の恋愛をして、飛行機に乗って仕事をして、私が歩むはずだった時間を過ごした気になっていた。


(でも、違うよね)


私は今になって思う。

生まれた時のスペックが同じでも、彼女と私は違う。

私が羨んだ彼女の生活は彼女が勝ち取ったものだ。


私たちの違いはあの時の彼と付き合ったかどうかだけではない。

多分、ずっと前から私たちは様々なところで違っていた。


『私は今幸せだよ』


幸せだと言えるまで、こんなに時間が掛かった。

ずっと苦しくて溺れていた気がする。

そんな私に手を伸ばしてくれた真智子、そのおかげで出会えたルリとの出会いがなければ手に入られなかった幸せ。


『子供って可愛いんだね。瑠璃の子も可愛いんだろうな』


私は親に可愛がられた試しがない。小さい頃からずっと勉強ばかりさせられていた。

そして、ダメなところばかり指摘されて苦しんで、愛されたくて泣いてばかりいた。


『勉強って、あそこまでしなくても良かったよね』

思わず書いた言葉を消す。

私は小さい頃から寝る間も惜しんで勉強をさせられて来た。

今の状況であの時学んだ事が役に立っているかは怪しい。



私も隼人も勉強を子供に強いたことはない。

それでも恵麻をはじめうちの子たちは驚く程、優秀だ。

(まあ、隼人の遺伝子のおかげか⋯⋯)


私が自分の人生を見失った時、私を助けたのは机上で学んだ事ではなかった。

友達、親友、もう一人の私という手を差し伸べてくれた人たちだ。


『瑠璃、あんな事をしてごめんなさい』

私が逆の立場だったら嫌だったと思う。

自分の体を使って、他の人間が自分の生活を送る。


あの時は隼人に対する気持ちも冷めていたし、瑠璃に隼人とセックスするように指示したりしたが今となってはありえない。

もし、隼人と瑠璃が関係していたらと思うと私は今でも苦しんだ。

きっと、瑠璃も私と一樹のことでモヤモヤを抱えているだろう。

十年経って、やっとその事に気が付く私は愚か者だ。


追い詰められていた私にはあの時、瑠璃との出会いが必要だった。


自分の意見をはっきり言うもう一人の私。

他者の悪意により人生が壊されなかったのは彼女の強さによるものだと思った。


幼い頃から親の顔色ばかりうかがっていた私は外でも同じように人の目ばかり気にするようになった。

自分の気持ちりも、他の人の意見を優先して、いつしか流されるだけの人間になっていた気がする。


私は謝罪の言葉を消す。

今、私は謝りたいんじゃない。

気が強くて私とは違うトラブルを抱えそうな彼女に幸せになって欲しい。


彼女は私の父親にそっくりな性格をしている。

元カレの傑さんへの罵倒の仕方は人の話もろくに聞かずに切り捨てて恐ろしかった。


結局、私の父と母は熟年離婚をした。

母は学者である父を支えることに誇りを感じていただけで、男としての彼は愛してなかった。

愛がないと生涯ずっと一緒にいることは難しい。


『お仕事大変かもしれないけれど、家族サービスも大切にね』

私は再び書いた文字を消す。流石に私に言われたくはないだろう。

説教くさいのは私的にNGだ。


そもそも出さない手紙をここまで熟考しながら書いている自分がおかしい。

それだけ私の心に余裕ができた証拠だ。


『瑠璃! お互い幸せになろうね』

私は一番言いたいことだけ書いて、手紙をビリビリにして破り捨てた。


こちらに誰かが歩いてくる足音がする。

目を覚ますと隣に私がいなくて、リビングに探しに来たのだろう。

隼人は本当に寂しがり屋で甘えん坊だ。


リビングの扉が開く。

「ルリ? またここにいた」

私を見つけると目を輝かす彼に私はそっと抱きついた。



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