目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第117話 クレイジーな提案

真咲隼人の協力があってできた制服は好評。

あれから様々な事業を彼と共同でしている。


応接室に通すと、彼は優雅にソファーに座る。

女性秘書が王子のような彼に興奮して赤くなりながら、アイスコーヒーを出した。

「ありがとう」と王子様スマイルで微笑む彼。

秘書は胸をお盆で押さえながら感動したように部屋を出ていった。


バツイチでシングルファザーになった彼は以前よりモテている。

「子供の母親になってあげたい」という母性を擽るのだろう。

しかし、実際の彼は妻を必要としていない。


子供の話を前にチラッと聞いたことがあるが、世話はメイドがしてるし、勉強は家庭教師が見てると言っていた。

まるで子供に全く興味がなさそうで少し寂しく思った。

真智子さん曰く、あちらの真咲隼人は子煩悩なパパらしい。



秘書が部屋を出て二人っきりになったところで私は徐に口を開く。

「実は本日はご相談がありまして、自動販売機をホテル内につけようと思うんです」

「はぁ?」

それまで微笑んでいた真咲隼人は一瞬で表情が曇る。

アイスコーヒーに口をつけて、「まずっ」と一言呟いた。


「ホットコーヒーなら美味しいと思います。ちゃんと豆から抽出してるので」

「だったら、ホットコーヒーを出したらどうだ? 失敗した後で言い訳するなんて二流のする事だぞ」

何だか今日は機嫌が良さそうだったのにいつもの厳しめモードだ。


「最初は機嫌良かったよに見えましたが、私、何かしました?」

「いや、機嫌が良かったのは確かだ。ルリ姫に今朝会ってきたんでな」

私は思わず溜息をつく。

真智子さんの話では、寄付の条件に3ヶ月に一度あちらの世界の様子を見学させると言うのがあるらしい。


よくファンがコンサートに行った帰りに「アイドルに会ってきました」と言うが、こういう心境なのだろう。


「ルリ姫と同じスペックを持って生まれたのに、どうして君はこんな残念なんだろうな」


私は流石にムカっときた。

私がこちらの世界の真咲隼人とあちらの世界の彼をしょっちゅう比べてしまうように、彼も私とルリさんを比べる。

二つの世界を知ってしまった弊害だ。


真智子さんも、あちらの世界の自分が同僚の男性と結婚した事で、自分の世界の当該同僚と気まずくなったらしい。


彼女曰く、あちらの真智子さんが恋愛や結婚に興味を抱いたのは恋愛脳のルリさんと長く過ごした影響。

だからこそ、あちらの真智子さんは恋に憧れ同僚の男性と結婚まで至った。


でも、真智子さんは恋愛感情というものを自分が持っているとは思えないらしい。

そもそも、30年近く孤独で過ごしてきたから、人付き合いは苦手だし私と友人関係になれただけで奇跡と言われた。



「主人は私を理想の女だと言ってくれます。別に真咲社長の理想から離れても構いません」

「君のご主人もいつまで我慢できるのかな。ルリ姫なら、ローズティーにジャムを淹れてドライフラワーを浮かせておもてなしするぞ」

「それは、ルリさんが専業主婦で余裕があるからですよね」


私が言った言葉に真咲隼人は勝ち誇ったように笑った。

「ルリ姫は今、真咲グループのウェディング事業の総責任者だ」


私は驚きのあまり目を瞬いてしまった。

真智子さんの話ではルリさんは今7人の子の母親になっているはずだ。

メイドのいるような家で暮らしているとはいえ、仕事をするなんて可能なのだろうか。

(私なんて子供2人でアップアップなのに)


「自分の愚かさに気がついたようだな。ルリ姫の手にかかればヴィランも御伽話のお姫様のような結婚式ができるんだ。本当に才能に溢れ心豊かな優しい方だ」

こちらの世界の真咲隼人もルリさんにぞっこんだ。

そして、私はあまり人と自分を比べないがルリさんだけは違う。

生まれも育ちも違う人間との比較は意味がないが、ルリさんは私と変わらぬスタートを切っている。


「ルリ姫の話はそのあたりにして、仕事の話をしませんか?」

突然、王子のように私の手を取り無言で眺める真咲隼人。


「ネイルケアくらいしたらどうだ? 忙しさにかまけて女を怠けているのはどうかと思うぞ」

おそらく彼はまだルリさんと私を比べている。



「それ、セクハラ発言です。ネイルサロンって手を使えなくなるから仕事できないし嫌いなんです」

ふと真咲隼人の指先が目に入る。

男の癖にネイルケアがバッチリで、白魚のような手をしていた。


真咲隼人の理想は子供を産もうといつまでも女を楽しめるような余裕ある女性なのだろう。

私は別に彼の理想などどうでも良いが、一樹はどうなのか気になった。

一晩でルリさんに骨抜きにされた彼もまた、ルリさんのような女が好みなのかもしれない。


「忙しく感じるのは、君が仕事ができないからだ。時間は作るものだぞ。それから自動販売機だっけ。そんな貧乏臭いものは僕は使ったこともない」

いつもの辛口の彼に戻った。

できる女扱いされるのは居心地が悪いから、彼のようにハッキリ言ってくれるのはありがたい。

実際問題、彼のような生粋のビジネスマンからすれば私は素人に毛が生えたようなものだろう。


「使ったことなくても知ってますよね。自動販売機は、今は、キャッシュレスで使えるし便利ですよ」

「ビジネスホテルならまだしも高級ホテルで自動販売機は置かない。あれは人手不足解消の手段だ。高級ホテルなら人手が不足していることを悟られてはいけない」

私は真咲隼人が私の企画を勘違いしていることに気がつき勝ち誇る。

そういえば、彼はルームサービスでしょっちゅう飲み物を頼んでいた。


「飲み物の自動販売機ではありませんよ。それに園田リゾートホテルズはマルチタスク化により人材不足は解消できています」

私が作ってきた資料を彼の前に置くと、彼は顔を顰めた。


「下着の自動販売機? クレイジーだな」

呆れた顔をする彼を私はギャフンと言わせてみせる。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?