「真咲社長、園田リゾートホテルズ東京のある丸の内で手に入らないものがあります。それが、下着です」
プレゼンをしている私の話を聴きながら、彼はパラパラと資料をめくっていた。
「東京駅に百貨店があるだろう」
「百貨店で下着は買いません。そして、替えの下着を忘れたと気がついた時に、買いに行くのは大変です」
「ならば、ホテルで各サイズ置いておけば良いのではないか?」
「下着を買いたいと、フロントに電話するなんて恥ずかしいです」
私の言葉に真咲隼人はそっと手を伸ばして私の髪を束にしたものを見つめる。
今にも髪の束に口付けしてきそうな王子様っぽい仕草。
「枝毛をほったらかしにできるのに、恥じらいについて語るのか⋯⋯」
真咲隼人はメディアでは王子様、ルリさんにはメロメロ、私に対しては意地悪だ。
私は手で思いっきり枝毛部分を引きちぎった。
その動作に彼は驚いたように目を見開く。
「勿論、女性用の下着は高級ラインで中が見えないようなデザインで販売します。ここでしか買えない限定モデルも作って貰うつもりです」
「僕にその仲介をしてほしいという話だよな」
「話が早くて助かります。真空パックで閉じた形で自動販売機で販売できればと思います」
「型が崩れて、皺皺になった状態で出てきたら、着る気が失せないか?」
利便性ばかり考えていて、私の考えに抜け落ちてた部分をしっかりと指摘してくる彼。
頭の回転が早く、必ずこれから出てくるだろう問題点を先に割り出す。
だから私は苛立つけれども、新しい事をする時には彼に相談するようになっていた。
何だかんだ言って時間を作って辛口だけどアドバイスをくれる彼は優しい。
話し合いは1時間に及んだ。
「あとは僕が先方と話をつけておく。だから君は美容院とネイルサロンにでも寄って今日は帰ったらどうだ?」
「はい、そうします」
私が言った言葉に彼がニヤリと笑う。
「君は嘘つきだな。僕の事をしっかり利用して、僕が帰ったら別の仕事をするつもりだ」
私は思惑を言い当てられ、ドキッとした。
「でも、利用されてやる。日本の自動販売機は色々種類があって面白いと評判だ。上手くやれば話題になって受けるかもな」
柔らかく微笑んで部屋を去っていく真咲隼人。
(褒められた!?)
彼は飴と鞭の使い手だ。
あちらの世界の真咲隼人はルリさんを甘やかしまくっているのだろう。
帰宅すると既に美味しそうな匂いがキッチンからする。
私は急いで手を洗うとキッチンに急いだ。
エプロン姿で料理をする私の夫は今日もかっこいい。
「ただいま、一樹! 美味しそうな匂い。今日も疲れているだろうにお食事作ってくれてありがとう」
「瑠璃? どうしたの? 今日、雰囲気違うね」
帰り際に少し身だしなみを整えただけで、気づいてくれる夫。
もう少し彼を大切にしないとまずい気がしてきた。
「だって、今日は久しぶりの2人きりの夜だから」
私が少し照れたように言うと、彼が首を傾げる。
可愛げを出したつもりだったが、やはり慣れない事はするものではない。
言葉だけではなく、もっと可愛い言い方をすべきだった。
滑舌良く、プレゼンのように話してしまい、まるで怪盗の予告のようになってしまった。
「⋯⋯ふふっ、3人目作る?」
一樹がニコッと笑って言った言葉に流石に焦る。
2人でもギリギリなんて3人の子育てなんて絶対無理だ。
ここで通常運転の私の場合だと、いつも自分たちだけで育てられないくせに欲しがるのは無責任だと説教してしまう。
「真奈と翼が可愛すぎるから、3人目はいらないかな」
子供が好きで子沢山に憧れている彼の企みを可愛い言い方で阻止する。
「確かに、世界一可愛いよな」
一樹さんがクラムチャウダーをスープ皿によそいながら笑う。
(よし決めた!)
「一樹さん、夏休みなんだけど一週間くらい休み取れる?」
私の言葉に一樹さんが目を瞬いた。
「俺は取れるけれど、瑠璃が休みなんて取れないんじゃない?」
やはり私は彼に気を遣わせていた。
10年近く前の約束を今果たそうと私はしている。
「取れる! 取れるかじゃない、取るわ! だから、家族旅行に行きましょう!」
私の言葉に一樹は目を輝かせた。
「真奈と翼も喜ぶよ」
新婚旅行を延期した私の事を覚えているだろうか。
いや、彼が忘れているはずはない。
忙しい私に気を遣い「新婚旅行」の件を言い出さなかっただけだ。
「私は、一樹を一番喜ばせたい」
「瑠璃と一緒にいられるだけで、俺は幸せ」
私は彼の言葉に胸がいっぱいになる。
(なんていい男なの?! 私の旦那様は!)
私は心の中で真咲隼人にドヤりながら、彼に抱きついた。