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第120話 突然の告白

結局丸一日プールで遊んで疲れた子供たちを寝かせつけた後、私と一樹はシャンパンを傾ける。

窓から見えるシンガポールの夜景が美しい。


「フルーツカッティングって凄い綺麗だね」

一樹がVIP仕様で出されている果物を見ながら、嬉しそうに呟いた。

私は別のことを考えていた。


チェックインをした時は傷んでいなかったのに、カットした場所から傷んだ跡があるオレンジ。

果物をカットして出さないとなると、ナイフを添えなければならない。

しかし刃物でお客様に怪我でもされたら危険。

よって、フルーツはお菓子に変更するべきだろう。

フルーツは特に柑橘系にアレルギーがある人も少なくない。

そして、小麦や牛乳と違って頻繁に摂取するわけではなく本人自体が気がついていない事もある。


(「お菓子に変更させよう。賞味期限考えても、絶対にその方が良い」)

私が黙って考え事をしていると、目の前の一樹と目が合った。


「何か、私に言いたい事があるんじゃない?」


今日何度となく、彼が何かを言いたそうに私を見ていた。

(まさか三行半を突きつけられるんじゃないよね?)


女をサボり仕事のことばかりで家族を顧みない妻。

十分、見限られる可能性がある。

私は真奈も翼も、一樹も愛しているからそんなのは絶対嫌だ。


「実は俺、パイロット辞める事になった」

「ええ!? なんかやらかした? 乗務規定違反とか」

思わず大きな声が出て私は口を手で押さえた。

子供たちが起きてきてしまうかもしれない。


「そんな事しないよ。実は眼科検診で引っかかっちゃって⋯⋯」

「そうなのか」

私は自分が気の利いた言葉もかけられない事を呪った。

パイロットの健康診断は非常に厳しい。引っ掛かったら乗務はできなくなる。


「内勤になるから、子供のことはもっと見られるようになる。俺は前向きに捉えているから、そんな顔しないで」

私は一体どんな顔をしているんだろう。

窓ガラスに映る自分を見ると、悲しそうな顔をしている。

悲しいのはずっと夢見てきたパイロットの職を失う一樹の方だ。


「仕事辞めても良いんだよ」

パイロットでないなら、一樹がTKL航空にいる理由はない気がする。

私ではなく彼が園田リゾートホテルズを継いだ方が義父母も喜ぶはずだ。


「いや、別に。内勤になるだけだから、辞めることはないんだけど」

「辛くならない?」

自分はこれといって子供の頃からなりたい職業があった訳じゃない。

だから一樹の気持ちは理解できないが、想像はできる。

自分が飛べなくなったのに、まだ飛べる同僚を近くで見るのは辛くないだろうか。


「辛くなんてならないよ。もう、十分パイロットとして飛んだし、そんな風に心配されるとは思わなかった」

一樹が困ったような顔をしている。

私も彼の事でなければ心配しない。


「一樹だから、私は一樹には楽しく幸せな毎日を過ごして欲しいの」

他の人間相手だったら、与えられた仕事に文句を言わずやれと言う。

だけれども、彼は私にとって特別な人だからやりたい事をやって欲しい。


「十分、楽しいよ。これまで、俺の我儘を聞いてくれてありがとう。子育てほとんど参加して来なくて苦労かけたよな」

「⋯⋯いや、私も参加してないから。ほぼ、一樹の義母様に育ててもらってるから。これからは、もっと夫婦で頑張ろうね」

私の返しに一樹が吹き出す。彼も今の生活を振り返り思い当たる節があったようだ。


私たちは、今までの事、これからの事を沢山話した。

子供が寝た後はラブラブしようと思ったが、流石にそんな気分にはなれない。

夢だった仕事をしていて、失う日が突然きて、そんな状況は私には想像できない。


「瑠璃、一緒にいてくれてありがとう。いつも瑠璃の優しさに救われてるよ」

「それは、こっちのセリフ」

私たちは軽くキスだけした。

多分、私を優しいと思っているのは世界中で彼だけだ。

彼が優しいから、私は彼を映す鏡のように彼の前では優しくなれる。


(本当に良い人と結婚したわ)

私は再び心の中で、彼と結びつけてくれた愛のキューピッドルリさんに感謝した。



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