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第121話 明日は誰にも分からない

シンガポール旅行から帰ってきて、2ヶ月。

下着の自動販売機が各フロアーに設置された。

自動販売機というより、見た目は高級感のある近未来型のマシーン。

下着メーカー最大手の協力もあり、限定モデルのランジェリーも販売。

瞬く間に話題になり、真咲隼人の言う通りインバウンド客に受けた。


今日はまた真咲隼人と打ち合わせだ。

応接ソファーに座った彼に秘書がお茶を出す

赤いハイビスカスティーにハイビスカスの花をのせておもてなししてやった。


「ありがとう」と優しく微笑むと、再び秘書の女は顔を真っ赤にして部屋を出ていった。


「実はハーブティーは好きじゃないんだ」

開口一番に言ってきた真咲隼人の言葉にイラッとする。

「ルリ姫がローズティー出していた話をしていませんでした?」

「あれはルリ姫が出すから良いんだ。次からはメニュー表置いてくれないか?」


「はい、そうします」

確かに彼の言う通り、来客対応もメニュー表を出して飲みたいものを持ってきた方が良い気がする。

最近では美容院もそのようなサービスをしているし、ホテルはルームサービスが存在する。

このように彼は相変わらず、ちょっとした事でも私に役に立つ助言をしてくれる。


「君の発想が貧乏臭いと思っていたが、当たったな。ただ、中身を入れ替えないと直ぐに飽きられるとは思うぞ」

「そうかもしれませんね。私は忘れ物をした時に困らないようにしたかっただけなんですが、ブーム的なヒットになってしまいました」

世の中は予想外のことばかりが起こる。


フロントに「下着ってどこで買えますか?」とひっそり聞きにきた女性を見て思いついたサービス。

しかし、客は「忘れ物」ではなく「ここでしかないサービス」に飛びついた。

この自動販売機が失敗しなかったのは、間違いなく真咲隼人の助言のお陰。

限定販売という付加価値がなければ、設置したことすら周知されなかっただろう。


「君は優しいな。忘れ物なんてする人間が悪いんだ。そういう人の困り事からサービスを思いつくなんて素敵だ」

じっと色素の薄い瞳で見つめられて、思わずドキッとしてしまう。

別世界では私を溺愛する夫になった彼。

(な、何か始まったらどうしよう! 私には一樹が⋯⋯)


私の動揺を察するように彼がふっと笑う。

「人を良く見て、手を差し伸べられるところはルリ姫と一緒だな」

ルリさんの名前が出てきてホッとする。


やはりどこまでも「ルリ姫推し」の彼だ。

ルリさんは7人の子育てとウェディング事業に加えボランティア活動までしているという。

金にならない事をできる彼女は真のセレブでノブレス・オブリージュの精神を持っているのだろう。

私は相変わらず金勘定をする毎日だ。


帰宅して一樹の顔を見た途端、なぜか罪悪感を感じた。

もう一つの世界を知った弊害。

私は真咲隼人を見る度に、もう一つの世界の私の夫という目で見てしまう事がある。


「おかえり! 瑠璃」

「ただいま、一樹!」

私の愛する夫は目の前にいる一人だけだ。


後ろから子供たちがひょっこりと顔をだす。

一樹が内勤になって過ごす時間が増えたことは、子供達には喜ばしいことのようだ。


「ママ、将来の夢について作文を書いたから聞いて!」

真奈の言葉に私は頷く。

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