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第123話 研究所の恋愛事情(真智子)

長いお昼休みをして研究所に戻る。

自分の席についた途端、私があちらの世界で結婚した設楽大和が近付いてきた。

彼もパラレル研究所にいるのだから理解しているはずだ。


⋯⋯並行世界にいるもう一人の自分は自分とは全く違う存在である事。


分かっているはずなのに私と恋仲になれないか、あわよくば結婚できないかと追っかけ回す彼は愚か。

私は自分自身とあちらの世界の自分が全く違う性格である事を知っている。


小学校2年生でネグレクト同然の家庭で孤独に育ったもう1人の私はモリモトルリに救われた。

モリモトルリはもう1人の私の話を興味深そうに何時間でも聞いてくれたらしい。

2人1組になる時は真っ先に近づいて来てくれてグループになったという。


私はいつも1人だったから、残って先生と組み合わせにされた。

園田瑠璃と真咲ルリも大分違うが、私もあちらの世界の私とはかなり違う。


私なら赤の他人の為に自分が失職するようなリスクを犯さない。

赤の他人の女を自分の空間が住まわせたりしない。


でも、ふと思ってしまう。

ずっと欲しかった愛情のようなものを私がもう1人の私のように貰えていたら⋯⋯。

他人の不幸など願わない、好意を受け止められる私になれていたかもしれない。


「園田瑠璃に会って来たんだよね。彼女って両世界で全く違くて興味深いよね」

もう一つの世界で設楽大和と私は2年のお付き合いを経た上で恋愛結婚する。

設楽大和は私に興味も無かったくせに、もう一つの世界の自分を見て私を追っかけ始めた。

彼自身も恋愛なんて興味がなさそうな研究者。


それなのに、もう一つの世界の私と彼のラブラブぶりを見て悪影響を受けたらしい。

恋などという移り気な感情に憧れを抱き始めている。


「私も、もう一つの世界の私とは違うんだけど」

私の言葉に設楽大和が目を細める。

「当たり前だよ。僕ももう一つの世界の僕とは違う」


「だったら、しつこくしないでくれない?」

私は冷たく言い放つ。

恋だの愛だの友達だの全部くだらない。

30年以上も孤独だったのに、突然友達のような顔をする園田瑠璃。

突然、私と恋人になれるような顔をして近寄ってくる設楽大和。

みんな気持ち悪くて吐き気がする。


「きっかけは、僕たちがあちらの世界で結婚してた事だけど。僕が興味あるのはここにいる槇原真智子さんなんだ」

私は決死の覚悟で言ったような顔をする設楽大和の顔をまじまじ見た。

別にカッコ良くもない如何にもオタクな眼鏡。

だけど眼鏡の奥の瞳は純粋そうで透き通っている。

私のような曲がりまくったひねくれた人間とは違う。


あちらの世界の私もひねくれていない。

家族からも無視され煙たがれる中で友達が1人いたことが効果的だったらしい。


その子の為なら全てを失っても良いというくらい情の深い女の子。

自分の話したいことばかり話してしまう病気のような私と同じスペックを持っているはずの彼女。


当然、人生詰んだようなOSを頭に積んでしまっているのに、彼女は人の話が聞けた。

大切な人の話を聞いては、自分の事のように捉え時に涙を流し全力で寄り添う。

私は自分が感情を持たないサイコパスかとも思っていたので、彼女の存在は私にとって衝撃だった。


「私は、設楽大和に興味はないわ。私が今、興味あるのは真咲隼人と園田瑠璃が不倫関係になるかどうかかな? 並行世界を知るのってやっぱりリスクあるよね」

私が自分の性格の悪さを見せつけるようにニヤリと笑いながら言った言葉に、彼は目を輝かせた。


「不倫関係になると思う! 僕はこの並行世界の行き来が真実の愛を見つける手助けになるんじゃないかと思ってるんだ」

キラキラした目で言われた言葉に私は首をもげるくらい傾げた。


「だから、私に最近付き纏っているの? 私と設楽さんは運命の相手でも何でもないからね」

研究者というのは彼のように純粋で影響を受けやすい人が多い。

私は恋愛には興味がないし、彼にストーカーのように付き纏われても迷惑だ。


「でも、僕の事を意識してくれているよね。並行世界を見なければ、そんな事は無かった。僕と槇原さん。試しに結婚してみない?」

皆が研究に没頭する手を止めて、私たちに注目している。

それもそのはず、オタクで恋愛に疎そうな同僚が突然、喪女っぽい私にプロポーズしている。


並行世界であの2人結婚したんだって。

婚姻政策にも利用できるんじゃないか?


静かにしていても、皆のいろいろな心の声が聞こえてくる。

私は居た堪れなくなって設楽大和手を引いて、廊下にでた。

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