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第124話 人間とはいとおかし(真智子)

「あのさ! 私、恋愛とか興味ないし。もう、アラフォーだし結婚とか考えてないから」

私の言い分を大人しく聞く設楽大和はキョトン顔で私を見つめている。


「どうしてアラフォーだと結婚に興味がないの?」

面接のような彼の質疑応答に辟易する。

「子供が産めるか分からないでしょうが」


「その点は心配ないよ。今はアラフォーのママ沢山いるよ」

あっさりと返されたがその通り。

アラフォーでママになる事のハードルは低い。

研究者ゆえにそれくらいの統計は知っている。

問題はアラフォーの結婚率の低さだ。


「私みたいな年増より若い子を見つけたら?」

私の言葉に設楽大和は吹き出した。

「若い子って⋯⋯若い子じゃ僕との会話は成立しないよ。というか、僕との会話が成立する人が限られてるんだ」

天才肌だが癖のある彼は笑っていた。

確かに彼はオタク過ぎて許容範囲の狭い男だ。

私と彼は楽しい会話が成立するのは事実。


「子供、欲しいとか考えてるなら私以外を当たって」

「子供は別にどっちでも良い。槇原さんと一緒にいたい。一緒にいて楽しいし」

私は顔が何故か熱くなった。

一緒にいて楽しいなどと言われたのは初めてだ。


「こ、子供? 別に欲しくない訳じゃない。ただ、貴方と性行為するかは別だけど⋯⋯」

自分でも小っ恥ずかしいことを口にしている自覚があり、顔から火が出そうだ。

私はお付き合いもした事がないし当然処女。

ここまで来ると男を知らないまま一生を終えたい気さえする面倒な女だ。


「そういうの無理なら、体外受精とかもあるし大丈夫だよ。僕は自分と槇原さんの子が見てみたい」

私は設楽大和の言葉に思わず金魚のようにパクパクしてしまった。

オタクで純粋な彼は恥じらいというものを知らないらしい。


「子供って産んだら終わりじゃないから、育てるのも大変なんだよ」

私は自分が幼少期から親に無視されていたのを思い出していた。

それと同時に園田瑠璃が忙しいながらも、子供の事をいつも考えてたのを思い出す。


嫉妬で彼女をしっかり見れなくなっていたが、彼女はとても真面目な人。

子供と関わりたいと思いながら、義実家から請け負った職務を全力でやろうとしている。


私は自分が凄く意地悪だった事に気がついた。


「槇原さん?」

「何でもない⋯⋯」

自分で自分自身さえ救えなかったのに、私は勝手に彼女に裏切られたような気分になっていた。

あちらの世界の真咲ルリはこちらの世界の園田瑠璃とは違う。


そして、私自身もあちらの世界の槇原真智子とは違っている。

あちらの世界の槇原真智子は自分が罪に問われ失職をするリスクを負ってまで真咲ルリを助けようとした。


「バカじゃないの?」という私に彼女は「私はルリにずっと助けられてきたから当然だ。何も後悔はしていない」と堂々と言った。

青臭い友情に振り回される彼女は私とは別人。

真咲ルリとの出会いの違いだけではない。

私もまたネグレクトという虐待の被害者。


私が虐待を受けた末に人に対して何も期待しなくなったのに対し、もう1人の私は期待し繋がりを求め真咲ルリと出会った。


園田瑠璃の嫉妬を妬ましく思うなんて、私が心の中で馬鹿にしてきた周りの女たちと同じ。


「とにかく、設楽さんと結婚とかは考えられないから。自分のことで手一杯でさ」

周囲に他の人間がいるのにも関わらず私に特攻してプロポーズしてきた彼の勇気は認める。

でも、「好き」とか「恋」とか分からないし、他の人と暮らすなんてマイナスしかない気がした。


私のような人間も流石に王子のような男から言い寄られたら少しは心が動くのだろうか。


3ヶ月後、私は真咲隼人を並行世界にアテンドする。

あちらの真咲隼人の許可は得ているものの、あちらの世界の彼は全く並行世界に興味がない。

その理由は目の前で繰り広げられている光景を見れば理解できる気がした。


結婚記念日のお祝いとやらで、子供を預けニースまで旅行に来ている真咲夫妻。

貸切の砂浜でウェディングドレスを着ていちゃつく真咲ルリと真咲隼人。

7人子供を産んでいるだとか、アラフォーだとか全く関係ないらしい。

「追っかけてきなさい」とばかりに走り回る真咲ルリを、子供のように真咲隼人が追っかけて捕まえている。

捕まえる度に軽いラブシーンの繰り返し。

全く何が楽しいのか理解できないが、2人とも幸せそうだ。

(アホすぎて、園田瑠璃には報告できない⋯⋯)


もはや2人の世界に入っていて、もう数えられないくらいキスをしている。

何だか彼女を一途に思い何かの役に立てばと寄付でお金だけ出しているこちらの真咲隼人が可哀想になっていきた。


「真咲社長? そろそろ戻りましょうか」

「彼女の唇はどんな味がするんだろうな」

「!!!」


透明になる薬を利用しているので、あちらから私たちの様子は見えないし私たちが接触することは禁じられている。

「帰ろうか。僕たちの世界へ」

柔らかく微笑む真咲隼人に無理な注文をされず、私は安心していた。


しかし、夕方、私に不穏な電話が届く。

電話の主は「ホテルの女王」こと私の友人である園田瑠璃だ。

彼女から勤務時間中に電話が掛かってくる事は珍しい。

私は思わず席を立ち、廊下に出て電話をとった。

「もしもし、瑠璃さん? 何かあった?」


「⋯⋯真智子さん、どうしよう私、真咲隼人にキスされちゃった」

私は一瞬驚きのあまり体が固まるも、自分が友人として彼女にすべきことに気が付く。

彼女には可愛い2人の子がいて、優しく包容力のある素晴らしい夫がある。


彼女は社長業をしているが、義実家の家業を継いだもの。

ここで道ならぬ恋に走ってしまっては全てを失う。

そしてこちらの真咲隼人は恋に溺れたあちらの彼に比べて何を考えているか分からない。

ただ、彼女の唇の味が知りたくてキスをした可能性も高い。


問題は彼女が今の生活を壊さない行動ができるかだ。


「冷静になって。声震えているよ。今日、このまま家に帰るのはまずいと思う。住所教えるから一旦うちに来ない?」

「⋯⋯良いの? ごめん、確かに動揺している。子供の顔が見られる状態じゃないかも」

生真面目な彼女の動揺が声から伝わってくる。

今、私は彼女に本当に幸せであって欲しいと願っている。

落ちるところが見たいだなんて思っていたのが嘘みたいに、私は彼女の幸せを願っていた。



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