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第50話

「……マリス、そんな慌てないで大丈夫だよ」

「けど、お母様がっ!お母様がっ!!」

「大丈夫だから、落ち着いて聞いて欲しい……セレス、あれをお願い出来るかい?」

「あれ?あぁ……あれですわね」


 焦り小屋を飛び出そうとする私の腕を掴むシルヴァが、真剣な表情を浮かべるとセレスに指示を出す。


「……あれが何かは分かりませんが、皆様馬車へとお急ぎください」

「いえ、護衛騎士ヘルガと言いましたわね?馬車で急いで王都に向かっても、一日で着くことはありませんし、その間、辺境伯夫人が持つとは限りませんわ」

「ならどうすれば良いので?ここにはマリウス様のように長距離を一瞬で移動できる空間魔法の使い手もおりません」

「それならこのセレスティアが出来ますわ!後少ししたら月が出ますもの、任せてくださいまし」


 月がでたら空間魔法が使える?言っている意味がわからないけれど、今はそんな疑問より、お母様が助かる可能性があるのならそれに賭けたい。


「ヘルガ、ここはセレスを信じてあげて?」

「ですが……」

「少しでもお母様が助かる可能性が上がるなら、その可能性に賭けたいの」

「……分かりました、セレスティア様、どうすればいいのか指示を頂けますか?」

「えぇ、それなら大きな水溜まりを作ってちょうだい、夜空が反射して星々と月が見えるくらいの……それで──」


 セレスの指示を聞いたヘルガが、必要な内容をメモをすると私達に頭を下げ足早に小屋を出て行く。

それにしても、水に映った月を介してゲートを開くことで、一度見た場所に移動する事が出来る魔法が使えるのは、素直に凄いと思う。

……もしかしてだけど、サラサリズによって作り替えられ存在を歪められた奴隷商人が、契約書を作成してまで彼女の意識を奪い、様々な場所を巡っていたのはこの魔法を使って広範囲の貴族を攫い奴隷にする為だったのかもしれない。


「マリス様、あなたのお母様はこのわたくしが責任を持ってお助け致しますわ」

「……うん、ありがとう」

「さて、護衛騎士ヘルガが辺境伯夫人を連れて来るまでの間に、あなたはマリウス・ルイ・ピュルガトワール辺境伯に宛ての手紙を書いてくださいまし、あの方なら直ぐに王都まで来てくれる筈ですわ」

「……けど、お父様が領地を離れたら」

「何を仰ってるの?領主が一時的に不在になった程度で、傾くわけないですわ……確かにあの場所は特殊ですけれど、少なくとも一週間は持つのではなくて?」


 セレスの言う通り、領主が不在になったからと直ぐにどうにかなるわけではないけれど、あの森の奥にある鉱石等の資源を、あの頃のように狙われたらと思うと不安になる。


「マリス様、俺はどうしてあなたが不安そうにしているのか分からないけど、いえ、ここはセレスティア王女の指示に従いましょう」

「アーロ……そうね、じゃあ直ぐに書いて来るわ」



 不安で押しつぶされそうな気持ちを、アーロがそっと支えてくれるおかげで身体が軽くなった気がする。

そしてゆっくりとした足取りでも、歩き出そうとした私の背中をシルヴァが何も言わずに優しく寄り添い支えてくれるおかげで、安心して進むことが出来た。


「──マリス様、お待たせいたしました、ジョルジュにも事情を説明しアデレード様をお連れ致しました」


 そして私が手紙を書き終えたのと、ほぼ同じタイミングでヘルガでお母様を背負いながら数人の護衛騎士を引き攣れて帰って来る。


「あら、いいタイミングね、えっと……そこのあなた、マリス様がピュルガトワール辺境伯へと向けた手紙を書いたから、私達がここを出た後急いで届けてくださいまし」

「わ、私でございますか?」

「私からもお願いするわ、この手紙をジョルジュに預けて貰っていいかしら?」

「わかり……ました、では直ぐに届けて参ります!」


 手紙を受け取った護衛騎士が、急いで部屋を出て行くのを見送った後ヘルガが私達の前に立ち。


「では、皆様方……準備は出来ているので直ぐにこちらへ」

「ピュルガトワール領の騎士は仕事が早いのですわね、おかげで直ぐに移動が出来そうだわ」


 セレスが関心をしながら小屋を出たのに続いて外に出ると、そこには水の魔法で作られた大きな水溜まりが出来ていた。

反射して映る美しい夜空と金色に輝く月の幻想的な雰囲気に、思わず今の状況を忘れて見惚れてしまいそうになる。


「では、今からゲートを開きますので、直ぐに飛び込んでくださいまし!わたくしの魔力だと長くは繋げられませんので!」

「分かったわ、ヘルガ、アーロあなた達はお母様をお願い……え?」

「マリス、君は俺が運ぶよ……、必死に気を張ってるとはいえ今にも倒れそうな君にこれ以上無理をさせられないからね」

「シルヴァ……えぇ、ありがとう」

「ふふ、君の為なら幾らでも力になるさ、俺の大事な家族になるかもしれない人だからね」


 皆の前でいきなり抱き上げられたと思ったら、そんな恥ずかしい事を言わないで欲しい。

恥ずかしさの余り、顔が燃えるように赤くなってしまいそうで、誰かに見られたら恥ずかしくて死にそうだ。


「では、行きますわよ!」


 そんな私達を見たセレスが、何かに納得したような表情を浮かべると小さな杖を取り出して水面に映る月に触れる。

すると……黄金色に輝く美しい扉が現れゆっくりと開いて行き、月に照らされ輝いて見える美しい王城が見えた。


「さぁ、閉じる前に早く通ってくださいませ」


 彼女の声を聞いた私達は無言で頷き扉へと入ると、そこは王城が見える噴水の前だった。

これで……お母様を助ける事が出来る、そう思った私達は王都にあるピュルガトワール辺境伯の屋敷へと向かうのだった。

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