ヴァネッサのことは分かったけど、この人は誰なのだろうか。
「ねぇ、私はヴァネッサ・リリアナ・フォーチュネイト、あなたはだぁれ?」
「……ツィオーネ・ユーステス・アリステア」
「【アリステア】……ですか?」
ヴァネッサが困惑した表情で私の方を見る。
けど……見られても、記憶の中ではアリステア侯爵家には、当主に似て地味な見た目の長子しかいなかった筈だから、こんなに綺麗な人がいるのは知らなかった。
「なに?私の顔に何かある訳?失礼な人達ね、で?私は名乗ったけどあなたは誰?」
「名乗りが遅れて申し訳ありません、私はマリス・シルヴィ・ピュルガトワール、ピュルガトワール辺境伯の──」
「あ、そう、マリスさんね、よろしく」
この子は何なのだろうか、所作が余りにも貴族らしくない。
どちらかというと、出会った頃のアーロのように平民みたいな言葉遣いというか。
周りの新入生達もそう感じているのか、冷ややかな視線を彼女に向けながら、何も言わずに私達を見守っている。
「え、えぇ……ところで、アリステア侯爵家には、昨年学園をなされた長子だけいないと思っていたのだけれど?」
「うん、一般的にはそうね……だって私達は平民との間に生まれた庶子だもの、今まで極力表に出ないで大人しく過ごしていたし」
「庶子……ですか」
「なぁに?ヴァネッサさん、商人の家系から貴族になったあなたに、文句を言われる筋合いは無いわよ」
「そう……ですね」
平民との間に生まれた子、どうして……そんな子が学園にいるのだろうか。
そもそも、アリステア侯爵家は何を考えているのか、子爵や男爵等の下級貴族でなら、平民の使用人の間に庶子を儲けること少なからずあるらしい。
けれど……上級貴族となると話は変わってくる、彼らの中には色濃く貴族至上主義を掲げる思想が根強く植え付けられており、彼らが下級貴族や平民に手を出す事は……貴族社会において、起きてはいけない禁忌として知られている。
「……ねぇ、今平民の子って言わなかった?」
「うん、あの侯爵家が、尊い血を汚したったこと?」
「これが本当なら、アリステア侯爵家は完全に信用を失墜することになったな」
だから、周囲の生徒達が口を揃えて、私達にも聞こえるように言うのもしょうがない。
何故なら学園に入る前にお母様から、貴族至上主義を掲げる貴族の名前を一通り覚えさせられたけれど、その中において彼らの頂点に立っているのが【アリステア侯爵家】だ。
貴族として、侯爵家が平民に手を出した事実、そして証拠となる庶子が学園にいるということは、あまりにも影響力が大きい。
「あら?これはお父様から絶対に口外するなって言われてたわね」
態とらしくそう言葉にして不敵な笑みをこぼしながら、彼らを見るツィオーネは、私と年齢が変わらない筈なのに、どこか大人びて見えて……同じ女性だと分かっているのに見惚れそうになる。
「……庶子だって分かってるけど、凄い可愛いな」
「あぁ、それに庶子だとしてもアリステア侯爵家の血を持っているんだ、もしかしたら下級貴族の俺でも格を上げるチャンスかもしれないぞ」
「ばっか、何言ってんだ……そんな夢を見るよりも妾にした方がいい、きっと侯爵様もそれが分かって学園に入学させたに違いない」
現に、先程までの批難罵倒は何処に行ったのか、魅力的なその姿に魅せられた生徒達が頬を染めながら、欲にまみれた感情を彼女に向けている。
「あなた達、いくら庶子とはいえ、ツィオーネに失礼よ?今すぐ彼女を見下すのを止めてください」
「……そうですよ!止めてください!」
ピュルガトワール辺境伯家のように、平民主義としての思想を掲げる貴族と貴族至上主義を掲げる貴族は、お互いの意見の相違から衝突する事が多い。
その為、お母様から関わらないように言われていたけれど……その言い付けを守れずに関わってしまった。
「……何だあいつ」
「おい、あいつなんて失礼な事を言うなっ!ピュルガトワール辺境伯家のご令嬢だぞ!」
「あれが、平民主義をまとめるマリウス・ルイ・ピュルガトワールの愛娘、ピュルガトワール辺境伯令嬢か、敵に回すのは勘弁したいな」
「なら、あの男爵家の令嬢ならどう?平民上がりで、見た目が良いからって生意気なのよ」
自分達よりも爵位の低いヴァネッサを狙おうとするその考え方に、言葉にするのも憚られるようなドス黒い感情が沸き上がりそうになる。
知り合ったばかりだけど、親しくしてくれた人を追い詰めるような事は許したくない。
「ねぇ、あな……っ!?」
「あなた達、何をしているの?」
感情に任せて、声を荒げようとした時だった。
ロザリア学園長が、面白いものを見るような表情を浮かべながら、ツィオーネに似た雰囲気と髪色を持つ男の人を連れて近づいて来ると、私の口に指を置いて、言葉を遮る。
「ロ、ロザリア学園長!?え、あの……これはアリステア侯爵家の庶子を名乗る愚か者を罰しようとしていただけで、何もおかしなことはっ!」
「やだ……あの人、凄い綺麗でかっこいい」
「この子達、【ネーヴェ・ヴェイン・アリステア】と【ツィオーネ・ユーステス・アリステア】は、確かにアリステア侯爵家の庶子で……妬ましい程の容姿を持っていますが、生まれに罪はありません」
「……ですが、アリステア侯爵家ともあろうものが!」
「しつこいですね……彼らは私が直々に学園へと招待した生徒です、今この場で文句があるのでしたら私に言いなさい、それとも……尊き血筋であるあなた達が、特別な双子に対して嫉妬でもしてるの?」
嫉妬……妬ましい、その言葉を聞く度に何だか嫌な予感がする。
けれど、誰もその違和感に気付いていないみたいで……無意識にヴァネッサの手を握ると、安心させるように優しく握り返してくれた。