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第16話

 血相を変えて室内に入って来たネーヴェの後から、焦った表情を浮かべたヘルガとアーロが入って来る。


「すみませんマリス様」

「……構わないわ、けどこれはいったいどういう事?」


 咄嗟にツィオーネを抱きしめて庇ってしまうけれど、彼女も現状に理解が追い付いていないようで、眼を大きく見開いて黙ってしまっている。


「ツィオーネ様の事を、ネーヴェ様に話したところ……急に血相を変えて部屋を飛び出してしまいまして……」

「俺が止めるのも無視して、強引に入っちま……てしまいまして」


 ネーヴェの様子を見るに、少しでも引き留めようとしたら……相手が戦闘訓練を積んだ騎士だったとしても、無傷ではいられなかっただろう。


「いえ、この場合は通して正解よ」

「……そうですか?」

「えぇ、だって彼は庶子とはいえアリステア侯爵家の人間だもの……だから、ここで大人しく見守っててちょうだい」

「……わかりました」


 アリステア侯爵家が得意とする魔法は【水】で、それも自然に存在するものから、体内の血液を含めた幅広い範囲を操る事が出来る。

私のように生まれながらに、教育を受ける事無く魔力を扱う事が出来る貴族とは違って、素養が無ければ扱う事が出来ない平民では抗う事すら不可能だ。


「……お兄ちゃん?」

「ツィオーネ、助けに来たよ……ほら、一緒に帰ろう」

「何を言ってるの……?私はマリスに助けて貰ったのよ?」


 私達へと手を伸ばす彼を見て、今の状況だと何をされるのか分からない不安から、その手を払いのけそうになるけれど、ツィオーネを見て優し気に微笑むネーヴェの姿を見て身体が動かなくなる。

本当にここで彼を拒絶していいのだろうか、もしそんな事をしたら……二度と取り返しがつかない事になってしまうのではないのだろうか。

ふと……そんな考えが脳裏に浮かんで、私がしようとしたことが間違えていると、そんな気になっていく。


「そうか……ツィオーネ、彼女は君が信用が出来ると思える貴族かい?」

「信用できるかは分からないけど、少なからずは私……いや、ぼくの大事な友達だよ」

「友達……か」

「そう、だってお兄ちゃんも言ったでしょ?お友達を作った方がいいって、だから作ったの、ここにいるピュルガトワール辺境伯家のご令嬢マリスと、ここにはいないけど……フォーチュネイト男爵家のヴァネッサが私の大事なお友達」


 そう言葉にすると小さな声で


「マリス、ぼく……お兄ちゃんの側にいかなきゃ、だって……お兄ちゃんはぼくがいないとダメだから、だから離して?」


 と呟くとゆっくりと彼女を抱きしめる私の腕に触れる。


「いいの?あなたのお兄様、正気じゃなさそうだけど」

「大丈夫、だってお兄ちゃんはぼくを愛してくれてるし、ぼくもお兄ちゃんを……息が出来なくなるくらいに愛してるから」

「……そう?ちょっと言ってる言葉の意味が分からないけど、とりあえず私はツィオーネを信じるわ」

「ふふ、マリス……ありがとう」


 息が出来なくなるくらいに愛してる、という言葉の意味が分からないけれど……友人が大丈夫だと言うのなら信じてあげたい。

彼女を抱きしめる腕を解くと、そっと背中を押して立ち上がらせる。


「……どうやら、君に妹がお世話になったようだね」

「えぇ、友人だもの当然だわ」

「ありがとう……けど、一応俺の大事な妹に何があったのかだけは聞いていいかな、ツィオーネが信用していても、俺は君を知らない」

「……わかった」


 おぼつかない足取りでネーヴェへと近付いたツィオーネを愛おし気に抱きしめる彼を見て、入学式で出会った際に感じた、理知的な印象とは余りにもかけ離れているように感じる。

もしかしたら、私の思い違いで、今の彼が本来の姿なのかもしれないと思いながら、これ以上刺激しないように注意して、何があったのか説明をすると……聞いているうちに落ち着きを取り戻して来たのか、冷静さを失い血走っていた眼が穏やかになっていく。


「すまない、どうやら俺の考え過ぎだったようだ」

「……分かってくれたならいいのよ」

「君も俺達に手を出して来た貴族と同じだと、勝手に決めつけて……ツィオーネが友人だと言っていたのに疑っていた、どうか許して欲しい」

「許すも何も、あなたは妹を守る為に警戒していたんでしょ?私は怒ってもいないし、特に気分を害してもいないわ」

「……君の心の深さに感謝するよ」


 本音を言うのなら、私の中で今のネーヴェの印象は初対面の時とは違って、悪いとしか言えない。

けど……彼は庶子だとはいえ立場的には貴族、だからお互いに思う所はあれど、貴族として生まれた以上は、心の中でどう思っていたとしても、必要以上に表に出す事はしない。

少なからず、彼もそれが分かっているようで、表情は変えずとも申し訳なさそうに頭を下げる。


「マリス嬢、いきなり押し掛けた身で、こういうのも間違っているとは分かっているけど……俺達は部屋に戻っても良いかな」

「あら?、いきなり押し掛けて来たってなんの事かしら……ヘルガ、アーロ、私は友人のツィオーネとそのお兄様のネーヴェ様を呼んで、部屋でお茶を楽しんでいただけだったわよね?」


 これ以上はめんどくさいやり取りになりそうだから、彼等が部屋に戻りやすいように助け船を出してあげる。


「あ、はい……そうだ、です!マリス様はお二人とだち、いえ、ご友人方と親交を深める為にお茶してました!」

「アーロ、あなたは後で言葉遣いの練習をするように……はい、護衛騎士ヘルガもそう認識しております!この場では特に何も起きておらず、仲睦まじくお話をしておりましたと記憶しております!」


  意図に気付いた二人が話を合わせてくれたおかげで、先程までの出来事がまるでなかったのかのように、穏やかな雰囲気が訪れる。


「……感謝するよ、では美味しいお茶を頂いて話しこんでいるうちに夜も更けてしまったし、俺達はこれでお暇させて貰うかな」

「えぇ、アリステア侯爵家のお二方と実りのある会話が出来た事、大変うれしく思うわ、良かったら次は……あなた達が主催するお茶会にでも呼んでちょうだい」

「えぇ……是非、呼ばせて頂きます」

「じゃあねマリス、あなたと友達になれて良かったわ」


 そう言葉にしながら部屋を出て行く二人を見送ると、何だか凄い疲れた気がして……ヘルガやアーロが見ている前で、だらしがないと分かっていても両手を広げてベッドの上に横たわり、眼を閉じるのだった。

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