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第17話

 あの後、気がついたらそのまま眠りに落ちてしまっていたみたいで……シルヴァから話を聞いたセレスが、心配して様子を見に来てくれたらしいけど、私が寝ていると知るとそのまま帰ってしまったらしい。

少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも……


「……どうして寝る前にお風呂に入らなかったのかしら」


 そんな、後悔が頭の中でぐるぐると回っていた。

たった一日と言えど、手入れをするのを忘れてしまった髪は、酷い寝癖のせいで人に人前に出れるような状況じゃない。


「どうしてって、マリス様が身をお清めになさらずに寝てしまうからですよ?」

「それはそうだけど、ヘルガ……分かってるなら起こしてくれても良かったのに」

「何を仰いますか、私は何度も起こそうとしましたよ?ですけど、何をしても全く起きなかったのはマリス様の方じゃないですか」

「……うぅ」

「うぅでも、いいでもありません」


 ヘルガからのお説教を受けながら、身だしなみを整えて貰っている最中に、テーブルの上に置かれた小さな箱を手に取ると、椅子に座っている私に見せるように蓋を開ける。


「けど……もしも何かがあった時の為にと、アデレード様からこちらの品をお預かりしておいて正解でしたね」

「お母様から……?」

「はい、もし忙しさの余り、マリス様が身だしなみを整える時間が無かったら、使い捨てとなりますがこちらを使うようにという事で、学園の寮に入る際にお預かりいたしました」


 中から光が出て来ると、全身を優しく包み込んで行く。

全身を優しく撫でられているような感覚に、くすぐったさを感じて身体が思わず動いてしまう。


「マリス様、終わりましたよ?」


 吸い込まれるように、光が箱の中へと戻っていくと、ヘルガが手鏡を手にして私の姿を映してくれる。

するとそこには……身体を清めた後のように、肌の汚れが取れて白く美しく見える。

寝癖まみれでだらしのない髪も……まるでヘアオイルを使い、端正に時間をかけて手入れをしたかのような艶やかさで、思わずうっとりとしてしまう。


「……こんなに便利なのに使い捨てなのね」

「はい……何でも、とても貴重な魔法の力が込められた特別な道具だそうで」

「面白いわね、いったい誰が作ったの?」

「マリス様とご友人になられた、ヴァネッサ・リリアナ・フォーチュネイト様のご実家で製造されている化粧品らしく……誰が作ったかまでは、私は存じてはおりません」

「そう、ヴァネッサの……」


 まだ男爵家になったばかりで、そこまで貴族としての歴史が無いというのに……いったいどうやってここまで見事な道具を作る事が出来たのだろうか。

もしかして、商才のあるヴァネッサのお父様が、高名な貴族のお嬢様と婚姻を結び、二人で新たに魔法を込めた道具を作ったのかもしれない。


「確かに、ここまで効果があるのならお母様が欲しがるのも納得が行くわね」

「えぇ……私も何れ、ジョルジュと夫婦になる時が来たら、彼に買ってもらおうと思います」

「あら?ヘルガは平民の出でも、容姿は良い方だと思から大丈夫だと思うけど?」

「そんな事はありません、学園の入学式に護衛として同行させて頂いて思いましたが……他の生徒達が連れて来ていた使用人や護衛達は皆、驚く程に整った容姿をしておりましたから……」


 確かにヘルガの言う通り、護衛騎士や従者の容姿が優れているのは確かだ。

けど……その大半が、自分の子が恥ずかしい思いをしないようにと、高い金で一時的に雇われた没落貴族だと思う。


「別に気にしなくてもいいとは思うわよ?」


 彼等の世代を重ねて作られた美しい容姿は、雇う側からすれば見栄を張るにはちょうどいい。

中には没落後、他の領地で騎士になったり……教養がある者は従者として、雇われる者達もいるくらいだ。


「……そうですか?」

「えぇ、だって私は今のヘルガが好きだもの、確かに容姿は周りの護衛や従者に負けるかもしれないけど、あなたはあなたでしょ?」

「ふふ、ありがとうございます」


 鏡をテーブルの上に置いて、ヘアブラシで髪を整える時の鍛え上げらてごつごつとした手は、彼女が護衛騎士になる為に努力を重ねて来た証だし。

こうやって、従者のアーロに変わってお世話をしてくれるのも、ヘルガなりに異性に着替えとかの手伝いをさせたら私が気まずいだろうという、優しい気遣い。

ちょっとだけ気性が荒いところはあるけれど、ここまでしてくれる人に好意を持つのは当然だろう。


「さて……マリス様、身だしなみが整え終わりましたので、後は登校なされる時間まで楽になさってください」

「えぇ、ありがとうヘルガ、じゃあ部屋の外にいるアーロを呼んで貰える?」

「わかりました、アーロ!もう入って大丈夫ですよ?」

「わか……りました!では、外でお待ちの方達にも入って頂きますね?」


 返事をする為に、半開きになった扉の向こう側からアーロの声が聞こえるけれど、外で待っている方達とはいったい誰だろうか。


「……待ってアーロ、誰がいる……の?」

「あぁ、これはもしかして入るタイミングを間違えたかな……」

「マリス様、このわたしくが会いに来てあげましたわよ……あら?」


 扉の向こう側で、自分がやらかしてしまったと察したアーロが気まずそうな表情を浮かべているけれど、今は早朝から二人が尋ねて来た事に驚きが隠せなくて、それどころじゃない。

でも……化粧品のおかげで、シルヴァにだらしのない姿を見せないですんだのは良かった。

もし、あのままの状態でシルヴァと会っていたら、恥ずかしさでどうにかなっていたかもしれない、これは後でお礼の意味も兼ねてヴァネッサと学園であった時に、大量に仕入れる事が出来ないか聞こうと思った。

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