「もしかしてこれって、フォーチュネイト家の化粧箱ではありませんこと?」
部屋に入ったセレスが、テーブルの上に置かれたフォーチュネイト家の魔導具を見て目を輝かせる。
「えぇそうよ?お母様が私の為に、一個だけ手に入れてくれたの」
「へぇ……凄いですわねぇ、わたくしも欲しいって思ってはおりますけど、中々王家でも手に入らない貴重品ですのよ?」
「……そんなに貴重なものなのね」
「箱もお洒落ですわね……あの、触っても宜しくて?」
セレスの言葉に頷くと、花が咲いて見える程に眩しい笑顔を浮かべて、小走りにテーブルへと向かって手に取り
「はぇー、使った後に宝石箱にも出来そうなくらいに可愛らしい箱ですわねぇ」
とうっとりとした顔で愛おし気に見つめるその姿が、とても可愛らしくて思わず笑みがこぼれてしまう。
「……セレスティア?」
「ん?お兄様、どうかいたしましたの?」
「俺達はマリスの様子を見に来たって言うのを忘れていないかな?」
「……あ」
「やっぱり忘れてたのか、すまないマリス、妹のセレスティアがいきなり失礼な事をしてしまったね」
私としては、こういうやり取りも楽しいからいいけど、確かにこのままだと二人が何をしに来たのか分からない。
「いえ、別に気にして無いから構わないわよ?それに、使用済みで良かったら差し上げるわよ?」
「まぁ!?マリス様、本当ですの!?お兄様聞きまして?わたくし……宝物に致しますわ!」
「……マリス、本当にいいのかい?」
「えぇ、だって……この方が話をしやすいでしょう?」
「はは、感謝するよ」
そんな私たちのやり取りが聞こえていないのか、楽しげな声を上げながら化粧箱を見つめるセレスを他所に、シルヴァが私に近づいてくる。
「マリス、体調の方は大丈夫かい?」
「……え?」
「昨日、無理をさせてしまったから心配でね」
「あぁ……うん、私は大丈夫よ?それよりも、シルヴァの方は大丈夫だった?私が吐いてしまったところを色んな人に見られたし、アーロとのやり取りもそうだけど、変な噂とか立ってない?」
「変な噂って、どういうことだい?」
どう言う事って、まるで自分は気にしていないみたいな顔をして聞き返されると、聞いた私が気まずくなる。
「ほら……私とシルヴァが親密な関係だって、勘違いする人が出るかもしれないでしょ?」
「ん?それのどこが問題なんだい?現に俺とマリスは仲が良いじゃないか」
「いや、そうじゃなくてね?シルヴァ、聞いて欲しいのだけれど……私はそう思われても他人がとやかく言う事に興味が無いからいいの、でもね?シルヴァにそういう悪い噂が立って、学園での生活に影響が出たらどうするの?」
「……そんなの、周りに好きに言わせたらいいと思いませんこと?」
「……え?セレス?」
思わず早口でまくし立てるように言ってしまった私に、困ったような表情を浮かべる彼を無視するかのように、先程まで化粧箱に見とれていたセレスが口を挟む。
「セレス?これは私とシルヴァの大事な話だから、出来れば口を挟まないで貰えないかしら?」
「嫌ですわ、だって……わたくしには二人にそのような噂が立って、どうして生活に影響が出るのかが、わかりませんもの……お兄様もそうですわよね?」
「そうだね、俺もそう思うよ」
「どうしてわかってくれないの?これはシルヴァ……あなたの事を思って言ってるのに」
「俺の事を思っているのなら、気にしないで大丈夫だよ……でもそうだね、心配してくれてありがとう、嬉しいよ」
そんな私達のやり取りを聞いて、どうすればいいのか判断に困っているヘルガとアーロを横目に見ると、手で合図を送り部屋の外で待っているように合図を送り、三人だけにして貰う。
「……あら?アーロ様達を外に出して良かったの?」
「えぇ、だって私達の会話を聞いて困惑していたもの」
「それは……悪い事をしてしまいましたわね」
セレスの事だから、悪いとは思っていないだろうけれど、今はそんな事よりもこの状況をどうするか考えよう。
シルヴァは気にしていないって言っているから、本当にそうなのだろうけど……あんまり彼には無理をして欲しくない。
「まぁでも……アーロ様が部屋の外に出て行って頂けて助かりましたわ」
「……え?」
「ここに来るまでの間にわたくし、変な話を小耳にはさみましたの……アリステア侯爵家のツィオーネ様が血相を変えて、マリス様の部屋に押し入ったって」
「あぁ……」
ネーヴェとツィオーネにあった出来事を知らない人達から見たら、確かにそう見えてもおかしくない。
けど……部屋に来るまでの間に聞くという事は、私が思っている以上に、面倒な事になっている可能性がある。
「……セレスティア、それって本当かい?」
「えぇ、お兄様はマリス様の事を気にしてらしたので、聞こえて無かったのかもしれませんけれど、噂になっておりましてよ?」
「噂って……セレス、どのような噂が立っているの?」
「あぁ、大変言いづらいのですけれど、無理矢理部屋に押し入ったツィオーネ様にマリス様が傷者にされたとか、余りにも良くない噂ですわね」
「そんな噂が?……マリス、言いづらかったら構わないけれど、昨日ツィオーネと何があったのか聞いても良いかい?」
セレスとシルヴァが、話を聞く為に椅子に腰かける。
その姿を見て、昨日あった出来事は私の中で、大事にならないのなら誰にも言わずに黙っていようと思ったけれど、どうやら出来そうに無い事を悟ると、心の中でネーヴェに謝罪をしながら、昨晩の事を二人に話し始めた。