一階に降りたはいいけれど、思ったよりも部屋から出ている生徒達が多い。
「周囲が俺達を気にしてないみたいで……助かったよ」
「そう、ですわね」
けど、シルヴァの言うように、私達が近くを通っても特に気にされる事も無く。
たまに目が合ったりはするけれど、直ぐに視線がそらされて、二階にいた時と比べたら凄い移動が楽に感じる。
「上と下で結構雰囲気が違うんだ……ですね」
「……多分だけど、私達の立場を理解しているから、関わらないようにしてるのかもしれないわ」
「関わらないようにって……それってなんか酷くないか?……あ、いえ、ないですか?」
「下手に私達に関わって、面倒事に巻き込まれたくないのかもしれませんわね」
平民出身のアーロからしたら、上級貴族や王族というだけで避けられている事に思う所があるのだろうけれど、今の私達からしたら都合が良かった。
けど……問題が一つだけあって、フォーチュネイト男爵家の部屋に行く為に一階に降りたはいいけれど、残念な事にどこにあるのか分からない。
「でも、このままだと……どこにヴァネッサの部屋があるのか聞きづらいわね」
「あぁ……それなら、俺が聞いてきますよ、マリス様達が避けられてるなら従者の出番だと思うし」
「そうね、ならお願いできる?」
「よっし!じゃあ、えっと……おーい!ちょっと話を聞きたいんですけど──」
私達の近くを通った生徒に声を掛けに行くアーロを見ると、こういう時に人見知りもせずに話しかけられる事が出来るのは、本当に頼もしいと思う。
「ほんとにアーロ様は頼りになりますわねぇ、さすがにこの状況に誰かに話しかける勇気はわたくしにはありませんわ」
「そうだね、特に俺やセレスのように王族が直接、公な場で下級貴族に声を掛けたとなったら、後が怖いからね……気安値なく友人関係を築けるマリスや、アーロが羨ましいよ」
「そうね、けどここは学園よ?上下関係を気にし過ぎるのは良くないんじゃないかしら」
「……はは、君に言われると少しばかり耳が痛いよ」
以前の人生の時もそうだったけど、彼は自分の立場を気にし過ぎるところがある。
勿論、それがこの国の王になる為に必要な事だって言う事は、今の私は分かっているけれど、あの頃は……シルヴァの気持ちを知らずに、自分を特別な存在だと思っていた。
「……でも、シルヴァの考えも分からなくはないわ、あなたやセレスが不用意に話しかけて、自分は王家に目を掛けられている特別な存在だって、勘違いはされたくないものね」
ふと……そんな恥ずかしい過去を思い出しながら言葉にするけれど、そのせいで周囲の視線が刺さるように痛い。
言わなくても良い事だったと言う事は分かってはいるけれど、下手に周囲に希望を持たせてしまうくらいなら、私が悪役になってしまった方が楽だ。
「……何よあの人、偉そうで気に入らないわね」
「リボンなんかつけて、シルヴァ王子に愛想を使っちゃってさ……自分は特別だって?」
けど、どこからか聞こえて来る言葉が、鋭く鋭利な刃となって容赦なく心を突き刺してくる。
シルヴァとセレスが、私を隠すかのように前に出てくれるけど、この状況でそんな事をしても、逆に相手を煽ってしまうだけだ。
こういう時は、言いたいように言わせておけばいいのに……とは思うけど、二人の優しさが嬉しくも、少しだけ気恥ずかしくて顔が熱くなる。
「……おいおい、俺の御主人様を虐めないでくれませんか?」
「虐めないでって、おまえ……あそこで王族に媚びを売ってる気持ち悪い女の従者かよ」
「……仲良く話をして損したぜ」
「そういう言葉の使い方も止めろって、貴族なんだ……ですから、色々と気を付けないと」
「そう言うならお前の御主人様に言えよ、失礼な事を口にしてごめんなさいってさ、そうすればまた話くらいなら聞いてや──」
蔑むような視線を私に送りながら謝罪を求める生徒の身体が、何の前触れもなく壁へと叩きつけられる。
二人の後ろにいるせいで良くは見えなかったけど、何とか隙間から覗き込むと顔に笑顔を張り付けたままのアーロが、握りこぶしを前に突き出した状態で立っているのが見えた。
「あぁ、わりぃ……思わず手が出ちまった、けどあんたが失礼な事を言ったんだからしょうがないよな?」
「な、おま……学園でそんな事をして、御主人様がどうなるか分かってるのか?」
「なら、逆に聞くけどさ、あんたらは上級貴族のピュルガトワール辺境伯の令嬢を侮辱したらどうなるのか、そこんとこ分かってシルヴァ王子達の前でやったんだよな?」
「……こ、ここは学園だ!王族も上級貴族も、下級貴族もない平等な場所だぞ!身分を持ち出す何て恥ずかしいと思わないのかよ!」
「恥ずかしいのはあんた達だろ、都合の良い時だけ平等だって……恥ずかしくないのかよ」
彼の言葉に、何事かと集まって来た生徒達は何も言えずに立ちつくす。
そんな彼等の様子を見たアーロが、バツが悪そうに笑いながら戻って来て……
「……あぁ、マリス様、ついカッとなって貴族の方を殴っちまいましたけど、これってまずいですよね」
とお叱りを受ける前のペットのように、しゅんっとしているのを見て思わず、そんな状況では無いと分かっていても笑みをこぼしてしまう。
「いえ、アーロ……あなたは良くやったわ」
「……え?」
「それで?あんな大立ち回りをしてみせたって事は、ヴァネッサの部屋は分かったのよね?」
「それは……まぁ、はい」
「なら直ぐに案内してちょうだい……あなたの言うように、都合がいい時だけ平等を語る相手と話すよりは、優先するべき事があるもの」
シルヴァ達の前へと移動して、何も言えなくなっている彼等を冷めた眼で見渡してから、ヴァネッサの部屋への道案内を始めるアーロへとついて行く。
すると……先程の出来事が最初から無かったかのように、再び通路に活気が戻っていくのだった。