寮の奥へと進む度に、窓の数が減っていく。
進めば進むほど薄暗くなって行き、壁に付けられたランプが仄かに魔法の光を灯し、通路を怪しく照らす。
「……アーロ、ここであっているの?」
「あっている筈、なんだけど……ですね」
先程とは違い、人の気配が無いせいか……歩く音が響いて聞こえる気がする。
本当にこんなところにヴァネッサがいるのだろうかと、不安になるけど、アーロが場所を聞き間違える何て無いと思うから、多分あっているのだろう。
「それにしても不気味ですわねぇ、お兄様……学園の寮にこのようなところがあるって、お父様から聞いた事ありまして?」
「……どうだろう、うろ覚えだけど寮については特に何も言っていなかった気がする」
不安げな声で話す二人を見ると、私がしっかりしないといけないって思うけど、何故だか出来そうに無い。
何だか……少し前に、似たような状況で恐ろしい経験をしたような気がして、脚が竦みそうになる。
「んー、何だか変な匂いがするな」
「……匂い?そんなのしないわよ?」
「いや、するって、こう何だか頭が痛くなる程の甘ったるさというか、気が重くなるって言う感じのが……です、ほらあの部屋から」
突然そんな事を言い出したかと思うと、アーロが私達をその場に残して走り出して一番奥の部屋の前に立つと
「……それに、聞いていた話と同じならここが、ヴァネッサさんの部屋だよな、おーい!ヴァネッサさん、いますかー?ピュルガトワール辺境伯のマリス様に仕えている従者のアーロです!」
ヴァネッサの名前を呼びながら、部屋の扉を叩き始める。
すると……何故か身体と心が軽くなったような気がして、先程までの暗い感情が無くなって行く。
「……あら?人の気配がしますわね、先程までは無かったのに」
「もしかしてだけど、人払いの魔法でも使ってたのかな」
「人払い……ですの?」
「フォーチュネイト男爵家が行っている事業の事を考えると、人と関わり合いになりたくないのかもしれないね」
「確かに……化粧箱の事もありますし、人によっては商品を融通してくれと迫って来そうですわね」
そういう意味では納得は出来るけれど、先程のは本当に魔法だったのだろうか。
魔法とは違う何かだったような気がする……あの憂鬱とした気持ちは、呪術とも違って人間のトラウマを刺激するかのような……
「ねぇ、二人は魔法の影響を受けないんじゃないの?」
「……月の魔法を使っている時なら確かに影響は受けないけど、学園内で常に使うわけにはいかないからね」
「えぇ……でも、それがどうしたのかしら?」
「……何でも無いわ、ただ少しだけ疑問に思っただけ」
どうやらこの事に気付いているのは私だけみたいで、背筋に冷たい汗が流れるような嫌な感覚に襲われる中で、ドアがゆっくりと開いて行く。
「……もう、そんなに大きな声で名前を呼ばなくても、一度言えば分かるわよ……ほんっと憂鬱ね」
「え、あ……ご、ごめん」
「マリスさんの従者ですって?私に何のようかし……あら?マリスさんもいるのね、どうかしたの?」
「……それは、えっと」
「あなたには聞いて無いわ、私はマリスさんに聞いてるの」
困惑した表情を浮かべながらアーロが、助けを求めるかのように私の方を見るけれど、正直……助けて欲しいのは私の方だ。
「……あのさ、ヴァネッサさんだっけ?なんかあんたの部屋から凄い臭い匂いが漂って来てるんだけど何やってんだ?」
「何って、化粧箱の浄化をしているの……今日も色んな人が使ったみたいで大変なの」
「……化粧箱って、マリス様が使ったあの?」
「あら、あなたも使ったのね……使い捨てなのに高かったでしょう?」
「え、えぇ……」
もしかして、あの嫌な感情はフォーチュネイト男爵家の作り出した化粧箱のせいだったのかもしれない。
「まぁ、こんなところで立ち話もよくないし、とりあえずお連れの方達と一緒に部屋に入って?」
「……いいの?」
「いいのも何も、私に用があって来たんでしょう?急なお客様を持て成せない程、フォーチュネイト男爵家は落ちぶれてはいないわ、さ……入って?」
「え、あっちょ!?」
ヴァネッサが扉越しに手巻きをすると、そのままアーロの手を掴んで部屋の中へと引っ張って行く。
「……何だか、不思議な人ですわね」
「そうだね、けど……快く部屋に招いてみたいで良かったよ」
「えぇ、行きましょうか」
三人で顔を見合わせながら頷くと、開いたままのドアから部屋に入って行く。
すると……そこにあったのは、透明な瓶がテーブルの上に所狭しと並べられている異様な光景だった。
「……散らかってるけど、ごめんね?」
「いえ、お仕事をしていたのでしょう?使いを先に寄越さずに、突然訪ねて来た私達が悪いから気にしないで?」
「そう……なら良かったわ、えっと、お茶を用意するから適当なところに座って待っててね、あぁ……でも、そう、これだと瓶が邪魔ね、ちょっと片すのに手伝って貰える?あなた、アーロって言ったよね?一緒にやってもらえる?それともやぁだ?」
「……えっと」
「私達も手伝うわ、だから……ヴァネッサはその間ゆっくりしてて?」
いきなり押し掛けて来て、お茶まで用意してくれるというのに、部屋の掃除までさせてしまうのは、何だか申し訳ない。
そう思いながら彼女に何処に片せばいいのか聞くと、四人で急いで掃除を始めるのだった。