目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第24話

 明日から本格的に行動を開始するって言っても、彼等が欲しい答えを手に入れる事は無い。

だって……私がぜんぶ、ぜぇんぶ忘れさせてしまったから、私の魔力が混ざったお茶を飲ませれば、記憶を忘れさせることが出来る。

でもそれって凄い憂鬱、その人の大事な思い出やその時に抱いた感情を全て消してしまうから……


「……じゃあ、私達はもう帰るわね?ヴァネッサ、今日はありがとう」

「えぇ、次は出来る限りは綺麗にしてるから、特に用事が無くても遊びに来てねぇ?」

「ふふ、その時は美味しいお茶菓子を持ってくるから、楽しく話しましょうね?」

「……楽しみにしているわ」


 楽しみにしているのは本当、用事が無くても遊びに来て欲しいのも本心。

部屋から出て行く姿を見るだけでも、暗然とした気持ちになって行く。


「……さて、浄化作業の続きをしないと」


 本当はこの浄化作業もしたくない。

【憂鬱の魔王】……いや、魔族である以上、自分の存在を維持する為に感情を摂取する必要がある。

記憶を消す作用のあるお茶の香りもそう、本来は相手の憂鬱とした気持ちを切り取って、頂く為のものだ。


「もう、魔王で何か居たくないのにね」


 魔王という存在は人から生まれる。

……厳密には、魔法の才能がある人間が特定の環境下で負の感情を大量に取り込んだり、人の身では到底抱えきれない程の、強い感情に飲まれ……その身が魔族へと変わってしまうのが第一条件。

魔族になって尚、自我を失わずに自分の意識を保っていられるのが第二の条件、そして最後に、今代の魔王から力を奪うか……食らう事。


「出来ればこのまま……」


 誰にも迷惑を掛けずに静かな自殺をしてしまいたい。

私とロザリアは、魔王から降りたいという共通の目的があったから、今は協力関係を築いてはいるけれど、今回の件が終わったらもう二度と手を貸す気は無い……アリステア侯爵家の庶子を使って、自分の存在を消そうとするだなんて、自分勝手が過ぎて憂鬱な気持ちなる。


「……他人を犠牲にしてまで楽になりたい何て、本当に嫌な女」


 他人に嫉妬する事でしか、自身の存在を保つ事が出来ない彼女の考えが……長い付き合いのせいで嫌でも分かってしまう。

生徒達の嫉妬を煽り、二人に嫉妬の欲望を与え続ける事で、彼等を自分の言う通りに動く人形にしてしまいたい……どうせ、そんな所。


「確か、使い魔を召喚する授業を利用するって言ってたかしらねぇ……」


 椅子から立ち上がり、マリス達に片して貰った瓶をテーブルの上にまた所狭しと並べながら、一人呟く。


「……使い魔、自身の魔力で作り上げた魔法生命体を召喚して使役する、魔法が使える人なら誰でも覚えられる初歩的な召喚術、そこに【嫉妬】に染まった感情を与えたらどうなるかなんて、嫌でも想像がつくわ」


 使い魔の召喚は上手く行くだろう。

けど……問題はその後、ロザリアが嫉妬してしまう程の才能を持った二人の事だから、上手く行きすぎてしまう筈だ。

それも……周囲からの注目を浴びて、【どうして汚れた血が混ざった庶子が】と更なる嫉妬の感情を使い魔と共に浴びる事となる。


「使い魔を生み出すのに使った魔力は、感情と共に彼等の体内へと戻り……そして、許容量を超えた感情は溢れ出して──」


 私達のように、人から魔族へと変わってしまう。

正直、ネーヴェの事は知らないからどうでもいいけれど、お互いに名を名乗り合って友人となったツィオーネだけは、守ってあげたいと思うけど……私に手を差し伸べる権利はない。

大事な友人一人守る事が出来ないだ何て、どこまでも……憂鬱だ。


「……嫌になるわ、なぁんにも出来ない私に憂鬱になってしまうもの」


 テーブルの上から瓶を一つ手に取り、蓋を開けると中に入っている黒い煤のようにくすんで汚れ切った魔力に触れて口元へと運んで行く。


「そう、この人は自分の容姿に自身が無いのね、大丈夫、その辛い気持ちは私がぜぇんぶ貰ってあげる」


 愛おし気に、されどどこか悲し気に……汚れた魔力に口づけをすると、徐々にその姿を黒から白へと変えて、何処かへと飛んで行く。


「じゃあ……元の場所に帰って?今日のあなたは誰よりも可愛くて素敵よ」


 新興貴族であるフォーチュネイト男爵家には、子宝に恵まれなかった……いや、正確には作れなかった。


「あなたはそうなのね、お化粧が苦手で……その度にお母様に怒られるのが辛くて、使ってくれたのね……辛かったわね、でも大丈夫、これからあなたはずぅっと綺麗よ」


 夫の原因か、妻の問題か……それは分からないけれど、望んでも得られない命、周囲の期待に応えられない憂鬱とした感情、その気持ちを利用して……もし彼らに子供がいたら何歳だろうかと考えて、この幼い容姿を選び、学園に入っても地位を築けるように化粧箱を生み出した。

使う事で、身だしなみを完璧に整えてくれると共に、自身の暗い感情を消してくれる魔法の小箱。

使い捨てなのは、一度使うと……こうやって私の元に魔力が送られてしまうからだけど、これで一人でも救われる相手がいるのなら、無理をしてでも……例えそれが自分を犠牲にしても構わない。


「そして、次はあなたね?そう……そこにいたのね、という事はマリス……あなたが【強欲の魔王】なのね」


 汚れる事無くひと際白く輝いて見える魔力を瓶から取り出すと、愛おし気に抱きしめ


「どうやら、私達は……お互いに思っている以上に仲良くなれるのかもしれないわね」


 と優し気に……けれど、どこか儚げに笑みを浮かべるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?