ヴァネッサの部屋を出た私達は、そのまま寮から出ると学園へと向かって歩き始める。
ただ……何か、大事な事を忘れているような、そんな違和感を感じるけれど……多分、昨日から色んな事があったから疲れているのかもしれない。
「ヴァネッサさんって、良い子だったなぁ」
「……アーロ様?」
「あぁ、いや……友達のマリス様だけじゃなくてですね、初対面の俺達にも優しくしてくれるなんて、良い人だなぁって」
「確かにね、それに……出されたお茶も良い物だったね……フォーチュネイト男爵家か、俺もマリスのように友人になりたいね」
「友人って何を言ってますのお兄様、わたくし達は距離感を気を付けないといけませんわよ?友人となると注目を集めてしまいますし……ですからそうですわね、お友達ではなく、わたくしの御用達という事に致しませんこと?」
いい事を思いついたと言いたげな顔で、そう言葉にする彼女を見て、少しだけ疲れが癒されるような気がする。
私としても、友人のヴァネッサがセレスと仲良くなってくれたら嬉しいし、男爵という下級貴族の中でも低い立場にいる彼女を守る事もできる筈。
「そんな事言って……セレスの事だから、化粧箱が欲しいだけなんでしょ?」
「そ、そんなことありませんわよ?ほら、朝ってとても忙しいですもの、従者達の負担を減らすのは主人である私達の仕事ですわ」
「まぁ……それはそうだね」
「そ、それに……それだと、わたくしが化粧箱目当てに、フォーチュネイト男爵家を抱え込もうとしている、嫌な女に見えてしまいますわ……アーロ様、違いますのよ?」
焦ったような表情を浮かべながら小走りで、先頭を歩くアーロの隣に並ぶと耳まで頬を赤めて、必死に身振り手振りで勘違いを正そうとする。
「違うって言われても……まぁ、良いんじゃないか、ですね、俺のかあちゃ……あぁ、母も良く言ってましたから気にはしてませんよ?」
けど、アーロは全く気にしてなさそうで、彼なりにおかしい言葉遣いにならないように、セレスに伝えようとしているけど、逆にちぐはぐな口調になっていて、そんな二人を見ていると、何だか凄い微笑ましい。
「ほ、本当ですの?わたくし、信じますわよ?」
「それにさ……ですけど、貴族の女性ってマリス様もそうだけど、凄い容姿を気にしますし、王族になるともっと気を使うんじゃないですか?だからまぁうん、その苦労を減らせるものがあるなら、使いたいって思うのは当然だとは思いますよ」
「……アーロ様、そういう自然なお気遣い本当に素敵ですわ」
「お、おぅ……そ、うですか」
助けを求めるような目線で、アーロが私を見て来るけれど……これに関しては幾ら彼の主人と言えど、助けてあげられそうに無い。
「……二人を見ていると、何だか本当にお似合いに見えるから不思議だね」
「そうね……けど」
「あぁ、分かってるさ……彼は準貴族になったとはいえ平民の出だからね、陞爵して上級貴族になったとしても、セレスの思いが叶う事は──」
「シルヴァ、それ以上は言ってはいけないわ、あなたの考えは分からなくは無いけれど、未来はどうなるか分からないもの……仮にもし、アーロとセレスが今よりも親密な関係になったとして、私は彼の主人として、あなたは兄として応援してあげるべきだと思うわよ?」
シルヴァが言いたい事は分かるけれど、今はまだ彼女には言わない方がいい。
……セレスも、誰かから言われなくても分かっているとは思うし、それに頭で分かっていても気持ちは別で、時には身を焦がすような思いに囚われてしまう時もあるのかもしれない。
「はは、たまに君が、俺よりも遥かに年上で大人の女性なのかもしれないって思う時があるよ」
「……そう?」
「そうさ、そのせいか……ついつい君に甘えそうになってしまうよ」
「別に誰かに甘えるのは悪い事じゃないと思うわよ?だって、あなたは……努力家で人一倍責任感が強い人だけど、誰かに頼ったりするのは苦手じゃない?」
別に甘えてくれてもいい、どんなに頼ってくれてもいい。
だって……私はあなたが元気でいてくれるなら、それだけで嬉しいのだから。
「君は本当に、俺の事を……いや、自分ですら分かっていないところも良く知っているんだね」
「……え、ちょっと、周りに人がっ!」
「勘違いされたり、噂が立ったりしたら俺に迷惑が掛かるから嫌だって言う、気持ちや気遣いは分かっているつもりだけど……俺は気にしないからいいよ」
反射的に私の顔を愛おし気に触れる彼から逃げようとするけど、逆に今……彼の手を避けたら、周囲の生徒達から更に注目を集めてしまう。
「……逃げないんだね」
「だって、逃げたら……もっと注目を集めてしまうでしょう?それを分かってやってるくせに、そんな意地悪を言うのね」
「もしかして、失望したかい?」
「失望何てしてないわ……けど、周りを見てみたらどう?ここまでしてしまったらもう、勘違いや噂じゃすまないわよ?」
「構わないさ、その方が俺としても都合が良いからね」
シルヴァの立場からしたら、学園にいる間上級貴族から求婚されて、自分のやりたい事がまともに出来なくなるよりは、私と親密な関係だと周りに見せつける事で、面倒事を避けたいのかもしれない。
「勿論、シルヴィにも余計な虫がつかないようにって意味も……あるけどね」
「ちょ……あなたっ!」
そっと耳元で小さな声で呟くと私の手を取り、校舎の中へと入って行く。
教室に着くまでの間、周囲の視線を凄い集めてしまったけれど……ここまで来たらもう、諦めて彼の思惑に乗るしかないと思うのだった。