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第40話 古代カリクトゥス王国

 アーバスを発って五日。

 パルフェに乗ってひたすら砂の大地を西へ西へと歩んできたオレとリーサは、いつの間にか、草がぽつぽつと入り混じる地面を進んでいることに気がついた。


 アムラタ砂漠を抜けたのだ。

 からっとした暑さの大地を、気持ちいい風が吹き抜けていく。

 オレは愛鳥ずんだの足を止め、鞍の上でしばし風を感じた。


 遥か前方に街が見える。

 実在の街か、蜃気楼しんきろうか。ここからでは遠すぎて判別がつかない。


「なぁリーサ、ありゃなんて街だ?」


 パルフェの上で地図を見ながら休憩を入れていたリーサが振り返る。


「あれは先代の勇者さまの作った都、古代カリクトゥス王国だね。幻じゃないよ。とはいえ、とっくに滅んでいるから人はいないけど。でも、幽霊ゴーストが出るってもっぱらの噂だよ」

「お前、行ったことあんの?」

「あるわけないじゃない。ボク怖いの苦手だもん」

「じゃ、誰が確認したんだよ」

宝探し屋トレジャーハンター。でももう、あらかた取りつくして何も残っていないって」

「あっそ」


 リーサはパっと見、後輩女生徒からチョコを山ほどもらいそうなカッコいいタイプの女子だが、やはりお化けは苦手らしい。


 にしても、幽霊とはゾっとしない話だ。

 オレは別に怖がりなタイプじゃないが、異世界の幽霊ともなると、完全にコチラにちょっかい出してきそうだもんな。

 実体があるならいくらでも戦いようがあるだろうが、幽霊はどうやって倒せばいいんだ?


 念のために胸元を見てみると、ガイコツキーホルダーの目が赤く光り、薄っすらと廃都の方を指している。


「行けとさ」

「うーん、やっぱそうかぁ。……ボク、この辺で待ってちゃ駄目かな」

「構わないけど、一人でここで待っていられるか? 場合によっちゃ、そのままどこか移動しちまうことだってあるけどさ」

「うー。置いていかれるのは嫌だなぁ。でもなんか、妙な予感があるんだよね。何かこう……分かんない。何だろ。モヤモヤする」


 オレは考えた。

 ゲームとかでこの手の反応が出てくるのは、往々おうおうにして大事な話なり何らかの分岐点なりが待っているときだ。オレに当てはめて考えるなら……そう、例えば勇者関連か聖女関連か。

 一応、警戒しておいた方がいいか。


「何だか分からんが、とりあえず敵が待ち構えているだろうから、気は抜かないで行こう」

「わ、分かった」


 どうにも乗り気にならないのか、ため息混じりについてくるリーサと共に、パルフェを粛々しゅくしゅくと進めていると、小一時間程度で徐々に地面がぬかるみ始めた。

 降りてパルフェを引っ張ることにしたが、足首まで泥に埋まってしまう。

 完全に湖沼地帯こしょうちたいに入ったようだ。


「おい。何だ? この水は」

「近くに川なんてないんだけどなぁ。ほら」


 オレはリーサから渡された地図を見た。

 リーサの言う通り、近場を川が走っている様子はない。

 とすると、川の氾濫による沼地化ではないとなる。では、原因は湧き水だろうか。

 仕方ない、ここからは歩きだ。


 案の定、迷った旅人を襲うべくして待ち受けていた魚人系の魔物たちを退しりぞけつつ、奥へ奥へと進んでいったオレたちは、途中乾いた地面の上でパルフェを木に繋ぐと、崩れた壁を越えて敷地の内側に入った。


 広い庭を通って建屋たてやに入ると、さすがに宮殿だけあって、床が綺麗に黒曜石のタイルで覆われており、チリ一つ落ちていない。


 ……チリ一つ落ちていない? 宝探し屋がここに入らないわけないだろう? 魔物だってそうだ。ヒレカキ付きの泥の足跡があってしかるべきじゃないか。壁は崩れて容易に中に入れるってのに。

 オレはその場でひざまずいて、床を触ってみた。

 誰かが毎日小まめに床掃除でもしているかのように、黒曜石のタイルがピカピカに磨き上げられている……。


 その時だ。

 通路の奥の床から、ジワっと何かが染み出して来た。

 灰色の煙で形作かたちづくられた人の形――幽霊ゴーストだ。


 幽霊は続々と湧き出てきて、あっという間に通路を埋め尽くした。

 オレは、身がすくんでその場で動けずにいるリーサをそのままにし、気合一閃きあいいっせん、幽霊に斬りかかった。


「だりゃぁぁぁああああ!!」

 スカっ。

 ありっ?


 ダメージはゼロ。煙をかき混ぜただけだ。

 なら、これはどうだ!


「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、灼熱剣もやしつくすつるぎ!!


 スカっ。ふるるん。

 幽霊がそこはかとなく嫌そうな顔をしているような気がしないでもないが、うん。多分気のせいだ。

 オレは内心、頭を抱えた。


 ……これでダメージないと厳しいなぁ。


 ヒュっ!


 一体の幽霊が口を細め、そこから小さな火の玉のような物体を吐きだした。微かに雷をまとっている。

 火の玉は子供のキャッチボール程度の速さでゆるゆるとオレの袖につくと、瞬間的に高熱と感電とを発した。


 バチバチっ!!

「痛ぇっ!!」


 成功体験と見たか、幽霊たちは一斉に口をすぼめ、オレに向かって火の玉を吐きだした。

 言うほど速度は出ていないから一個一個は避けることが容易だが、なにせ数が多い。

 二十体はいる幽霊が一斉に火の玉を吐くのだ。幾つかはオレに当たり、地味に尻や足に高熱と感電のダメージを受ける。


「くっ、うざったい! おい、リーサ。ここから入るのは厳しそうだ。いったん退くぞ」

「う、うん!」


 ギュン! カツーーン!!


 オレは咄嗟とっさに首をすくめた。

 崩れた城壁をでた途端に、誰かに矢を射られたのだ。

 城壁の穴越しに矢の飛んできた方向を見る。

 あれか? 二十メートルほど離れた沼地のほとりに、むさくるしそうなやからが数十人単位でいる。


 男たちは胸当てだけの者、籠手だけの者、すね当てだけの者と、鎧がそろっていない者が多く、着ていてもどれも拾い物を無理矢理身につけているようで、あからさまにサイズが合っていない。やはり盗賊のたぐいのようだ。


「出て来い、そこの冒険者! 死にたくなかったら、金目の物を置いていけ!」


 迫力のありそうな隻眼せきがんの大男が、剣を片手にオレに声をかけた。

 さすがリーダーだけあって、この男は兜以外、鎧が一式そろっている。


 隻眼の後ろに並んだ者たちがオレに向けてズラリと弓矢を構えている。

 盗賊ごとき今のオレの敵ではないが、幽霊どもが近づいて来る気配がする以上、ここであまり時間はかけられない。

 オレは壁越しに盗賊どもに声をかけた。


「なぁ。お前らがオレたちを狙うのをあきらめ、別のターゲットを探しにいくって線はどうだ? お前らも死なずに済むぞ?」


 一瞬の間の後、盗賊たちが一斉に笑いだした。

 全員漏れなく酒焼けをした、しわがれた下卑げびた声だ。

 ボスが恫喝どうかつの声をだす。


「いいからとっとと出てこい! 殺されて奪われるより、奪われて殺された方がまだマシだろうが!!」


 ……変わんねぇよ!! 一瞬、考えちまったじゃねぇか、紛らわしい!


「ってことは、今までの被害者も、全員殺してきたのか?」

「あ? あぁ、ここに根城を張って、お前らみたいに迷い込む冒険者や旅人を殺して奪って……もう何人殺ったかなんて覚えてねぇよ。ハハっ」


 ボスの笑いにお追従ついしょうが起こる。

 オッケー。これで心置きなく殺せるわ。


「リーサ、悪いがちょっとここで待っててくれ。すぐ戻る」

「あ、うん、旦那さま」


 オレは韋駄天足を使い、一瞬で間を詰めると、一分で盗賊を全滅させた。

 盗賊退治も勇者の仕事の内だろうからな。


 多分、このまま遺体を放っておけば、あの幽霊たちによってどうにかされて……仲間になるなりするだろ。もしくはこの辺りをテリトリーとしている他の魔物のエサか。


 どっちにしても、コイツら自身の招いた不運だ。盗賊稼業を生業なりわいにしている以上、反撃されて殺されることだって覚悟の上だろうさ。


 オレは、剣についた血を払うと振り返った。


「リーサ、とりあえず幽霊が来ない辺りまで移動して、ちょっと休憩しようぜ。このままじゃ無理だ。何とか幽霊とエンカウントしないで城に入る方法を考えねぇと……」

「そうだねぇ。とりあえず、ボクたち二人とも剣士系だからね。魔法使いか僧侶でもいればどうにかなるんだろうけど……」

「んじゃ、近隣の町に行って誰かスカウトでもするか? いるかね、こんな危険な場所に来てくれるお人よしなんて」


 パルフェのところまで戻りながら、オレは妙なことに気がついた。

 いつの間にかパルフェが四羽になっている……。

 オレの緑にリーサの黒。そこに白とピンクの二羽が新たに足されている。

 しかも、その脇で誰かが火をいている。


 オレはリーサと目を合わせると、油断なくゆっくりと近づいた。

 パルフェの傍に人がいた。しかも二人。

 焚き火に当たっていた二人はこちらに気づいたくせに、明後日あさっての方向を向きながら、わざとらしく珍妙なセリフを発した。


「魔法使いはらんかぇー? 幽霊退治に有効ですよぉー」

「僧侶は要らんかぇー? 幽霊退治にもってこいですよぉー」


 思わずあんぐりと口を開けてしまったオレは、やっとのことで次の言葉を発した。


「……お前ら何でここにいるんだ?」


 それは、オレがここに至るまでに置いてきた二人、フィオナ=フロストとユリーシャ=アンダルシアだった。

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