どこに置くのかと思いきや、なんと玉座の目の前だ。
ありがたく座らせてもらったが、あからさまに中身が入っていない鎧がガッチャガッチャ音を立てて歩き回っている姿を見るのは、どうにも落ち着かない。
続けてやってきた甲冑が、一礼しつつお茶とお菓子を置いていく。
漆塗りに良く似た東洋風の菓子盆だ。
何やら干菓子が乗せてあるが、それ、いつのだ? 賞味期限的に食べて大丈夫なものなのか?
『まぁ食え食え。……それで? 次代よ、お主、名は何と言う?』
白髪の老人――先代勇者カノージンが、自分の分の湯飲みを飲みながら嬉しそうにオレに話しかけてきた。
千年振りに話す――しかもそれが同郷の人間ともなると、やはり嬉しいものなのだろう。
どうでもいいけど、幽霊が飲むお茶はどこへ行くんだろうな。
「オレは
「えー? 駄目ー?」
オレは、室内にも関わらず大広間の隅で火起こしを始めた三人を見て思わず吹いた。
三人はカノージンとオレの話を邪魔しないようにと広間の隅っこに行っていたのだが、話が長くなりそうだとの判断から、お茶にすることにしたらしい。
だったら甲冑たちから素直に貰えばいいようなもんだが、やっぱり気味が悪かったのだろう。
自分たちで用意するからと丁重に断ったようだ。
だがま、それが正解だよ。腹を壊しそうだもん。
万が一にも延焼しないようにか、甲冑群がいそいそと、近くに置いてあった近隣諸国の旗を三脚台ごと移動させ始める。
動きがなんともスムーズで、本当に甲冑の中に人が入っていないのかと疑っちまうんだが、兜ののぞき穴の中は完全にすっからかんだ。どうなってるんだか。
三人娘も騎士の亡霊たちに敵意がないことを認識したのか、おそるおそるだが、ペコリと頭を下げた。
『わっはっは。構わんよ。床は大理石だし、燃え移ることもなかろうよ。どのみちこの城は、無事今代の魔王を倒した後はお主の居城となるのだから、好きにすればいい』
「いやいや、オレ、帰るし。だいたいこんな沼地に立つボロ城もらったってどうしようもないだろ?」
『それは住む者がいないからだ。お主がここを引き継げば、あっという間に元の
チラリと三人娘の方を見ると、無事に火を起こせたようで、お茶を飲んでいる。
ま、同い年だしな。それも青春か。
『話を続けよう。お主の知りたいのはズバリ魔王城の場所なのだろうが、それは悪いが教えるわけにはいかん。女神との
カノージンがオレに向かって右拳を出した。
引っくり返して指を開くと、手のひらの上に赤、青、黄、三色の光の玉があった。
「何だこれ」
光の玉はカノージンの手のひらの上でフっと浮かぶと、そのままふよふよと漂い、オレの胸のガイコツ人形に吸い込まれた。
え? 何で?? てか何これ。
『かつて余は、三人の娘たちの居城――カルナックス、オーバル、ネクスフェリアのそれぞれに宝箱を一つずつ置いた。そして先ほどの玉は、それら三つの宝箱を開けるための霊的な鍵なのだ。次代よ。三都市に行って余の残した宝を受け取れ。宝はきっと、お主の冒険を助けてくれるじゃろう』
なーるほどね。
だがオレは、お宝より娘の話に食いついた。
「加納さん、あんた、三人も娘がいたのかい。ちなみに、男の子は何人いたんだ?」
『娘が三人のみ。三人の聖女に女の子が一人ずつだな。結構頑張ったんだが、男の子はついぞ生まれんかったなぁ』
「っていうと、七人家族で男があんた一人だけかい? いやいや。大家族で男が自分一人って、なんかキっついものがあるなぁ」
『そうなんだよ。何せこちらは日本男児だからな? 寂しいのなんのって……。いやいや、そんな話はどうでもいい。いいか、次代よ。我々は女神の駒だ。自分たちが知らないだけで他にも様々な使命が課されている。確かに本命は魔王退治ではあるもののそれだけではない。我々には選ばれただけの、それ相応の理由があるのだよ。それだけは覚えておけ』
「え? おい、それどういう意味だよ!」
言うだけ言うと、玉座に座っていたカノージンの姿はあっという間に薄れ、消えてしまった。
あちこちにいたはずの甲冑群も、いつの間にか全員、元の飾り台にかかっていた。
さっきまであれだけガシャガシャ動いていたのに、動いた形跡がない。
それどころか、玉座の前に置かれたはずの丸テーブルと椅子さえもが消えていた。
どうなってるんだ、こりゃ。
「意味深な事だけ言って消えるなぁぁぁぁあ!!」
怒りの叫びを上げるオレの元に三人娘が慌てて走ってくると、一斉にしがみついてきた。
「怖っ! 怖っ! 怖っ!」
「ゆ、ゆゆゆ、幽霊? 幽霊?」
「早く出ようよ、こんなお城! 早く、早く!」
「あー、それなんだが、オレたち、魔王退治が終わったらここに住むことになるんだってよ。報酬の一環ってやつらしいぞ」
三人娘が顔を見合わせる。
「絶対嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
三人娘の絶叫が、オレたち以外誰もいない城内に響き渡った。
◇◆◇◆◇
「リーサ、地図をくれ」
沼地の木に繋いだパルフェ――ずんだの
ずんだが不細工な顔で肩をすくめる。
相変わらず間抜けな顔をしているのにどことなく可愛く思えてしまうっていうのは、愛着が出てきたってことなのかね。
とりあえずパルフェは四羽とも無事だった。
ユリーシャの結界が効いたようで、魔物に襲われた形跡もなかった。
ちょっとホっとする。
オレはずんだにまたがると、早速リーサから渡された地図を睨みながらここからの行先を考えた。
三人娘も次々と自分のパルフェにまたがる。
三王国では南西のオーバルが一番近い。だがガイコツが指しているのは……南か。
いずれは三王国に
「旦那さま、行き先は予定通り西でいいのね?」
パルフェの上で地図を見ていたオレの左からリーサが地図を覗きこむ。
「いや、それがここに来てガイコツはいきなり南を指しているんだ。カリクトゥスに着く前は真西を指していたはずなんだが」
「旦那さまひょっとして、先代さまに南へ向かうよう指示された?」
「色々言われはしたが、ここでもし指示変更があるなら南西だ。南じゃない」
「じゃ、南に向かおうよ、ちょうどいいじゃん!」
ピンクのパルフェを撫でながら、ユリーシャが満面の笑みで提案する。
ちょうどいい? どういうことだ?
「南? 何があるんだ? 南に」
右からパルフェを寄せて地図を覗き込んだフィオナの顔がパっと明るくなる。
「エストワール! 港町エストワールね?」
「正解! 目的地がどこであれ、ここで寄らないって手はないでしょー!」
フィオナとユリーシャがそろってガッツポーズを取る。
「エストワール? 何だそりゃ。有名な町なのか?」
「温泉の町だよ、エストワールは! あぁ、しばらくまともなお風呂に入ってなかったし、ボクも賛成! 最近色々頑張ってたし、ちょっと休もうよ!」
「温泉? おいおい、オレたちの旅は遊びじゃないんだぞ?」
ウンザリ顔のオレとは対照的に、三人娘がそろってワクワク顔をしている。
仕方なくオレは三人に聞いた。
「……エストワールに行きたい人は?」
「はーい!」
「行く行く!」
「ボクは別に……皆が行くなら行ってもいいかな?」
オレはため息をついた。ま、仕方ないか。三人の
「よし、じゃ、エストワールに向かおう。リーサ、案内を頼む」
「うん! 任せてよ、旦那さま!」
こうしてオレたちは、急遽、温泉町エストワールに向かうことになったのであった。