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第43話 港町エストワール

 カポコォーーーーン。


 ……毎回思うんだが、何の音なんだろうな、これ。


 オレは畳んだタオルを頭の上にヒョイっと置くと、目をつぶった。

 いやー、さすが大浴場、湯舟が広くて気持ちいい!


 ちなみにオレが今入っているのは大浴場の中央に設置された一番大きな湯舟で、パッと見、三十畳くらいはありそうだ。

 極楽極楽。


 この世界にきてから何度か町で宿泊する機会があったが、宿屋は一つの町にせいぜい一、二軒といったところだった。

 ところがこのエストワールって町は、温泉が有名というだけあって宿だらけだ。


 更に、宿や民家、側溝にいたるまで、町のあちこちから温泉特有の白煙が上がっている。

 この臭い、こりゃ硫黄泉だな。


 屋上階に設置された湯舟に浸かったオレは、開けっ放しの窓の外に広がる景色に思わずホっと息をついた。


 雄大な海。水平線を割って昇りつつある太陽。そして、揺蕩たゆたう桃尻。……桃尻!?


 朝風呂を楽しんでいたオレの目の前を、ネッシーよろしく、桃尻が悠然と流れていく。


「なんで平然と男湯に乱入してるんだよ、ユリーシャ! だいたいおまえ、さっきまでグースカ寝ていなかったか? まったく、油断も隙もありゃしねぇなぁ。……あぁもぅ、風呂場で泳ぐなって!」


 ユリーシャは濡れた黒髪を掻きあげながら、何か文句あるかと言わんばかりにオレの前に仁王立ちした。

 言うまでもなくすっぽんぽんだ。

 タオル一枚巻いていない。


「センセ、そーっと部屋を出ていくんだもん。ズっルいなぁ。ユリちだって朝風呂に入りたいよ。それにさ、今、他にお客さんいないんだよ? こんだけ広くって、泳がない手はないってば。はっはー」


 うーむ。こうして見るとフィオナやリーサほどではないが、ユリーシャも出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んで、メリハリのある実にいい身体をしているな。

 そう堂々とされると、つい見入ってしまうではないか。


 だが! 異性の前でそんな無防備に立つのは如何いかがなものか!

 真面目を絵に描いたオレだからいいようなものの、いきなり襲われたらどうするんですか! 男は狼なんですよ?

 それに、女子高の教師としては、公衆浴場におけるマナーというものを、しっかり叩き込んであげる必要がありますよ!!


 無言で立ち上がったオレは、ドヤ顔で突っ立つユリーシャの身体をクルっと回転させてその手を浴槽のふちにつけさせると、ぷりっぷりの桃尻に張り手を食らわせた。


 バッチィィィィィィン!!

「ひぃあぁぁぁぁあ!!!!」


 浴場中にユリーシャの悲鳴が響く。

 が、オレは手を止めない。


 パシィィィィィンン!!!


「痛い! 痛いっ! 痛いってばぁぁ!!」

「お風呂場で泳いじゃ駄目だろ! 分かっているのか!!」


 パシィィィィィンン!!!


「分がったぁ! もうじないぃぃ!! だから許じでぇぇ!!」


 パシィィィィィンン!!!


「二度とするんじゃないぞ!!」  

 パシィィィィィンン!!!


「あぁぁぁぁああああ!! お尻が割れたぁぁぁあ! センセの馬鹿あぁぁぁぁ!!」

 いやいや、お尻は最初から割れている。


 オレは再度風呂に浸かると、わざとらしく泣きながら低温風呂の方に行ったユリーシャを見送った。


 誤解のないよう言っておくと、実はこれ、全然痛くない。

 叩き方にコツがあるんだが、派手な音がするわりにダメージはほとんどないのだ。


 桃からリンゴ並みには赤くなったから、多少冷やしたほうがいいかもしれないが、これで少しは反省するだろ。


「よし、次はちょっと熱めの風呂を試してみるか」


 オレは一番大きな湯舟を出ると、浴室の隅のほうにある『熱湯風呂』と書かれた熱めの風呂の方に移動した。


 ◇◆◇◆◇


「よいしょっと……。うわ、熱っ。ふぅ。ねね、ユーリ、どうかしたの?」


 入れ替わりで現れたフィオナがオレの目の前に座る。

 湯船に浸かるオレの目の前、ほんの十センチの位置に、大きくて綺麗に整ったおっぱいがぷるんと現れた。


「だからここは男湯だというのに、字が読めんのか、お前らは。……ユリーシャは湯舟で泳いでたんだよ。だからちょっとお仕置きをしたんだ。フィオナはそんなことするなよ?」

「あはは。ユーリらしいわ。だからあんな真っ赤なお尻してたんだ」


 フィオナが大爆笑する。

 真っ赤なお尻と聞いてちょっとだけ心配になる。


「……ユリーシャ、どこにいた? まだ泣いていたか?」

「あっれれぇ? 気になるんだ。大丈夫。上機嫌で屋外の寝湯に浸かってたわよ。おはよーって言ったら鼻歌混じりに返事返してくれてたから問題ないんじゃないかな。うつ伏せだったから赤いお尻が丸見えだったけど。あはは」

「充分手加減したつもりだったんだけど、叩きすぎたかな。女の子の柔肌やわはだだもんな……」


 ちょっと反省する。

 とそこで、浴室中に派手な水音が響いた。


 ザバァァァァァァァァァァアア!!


「……おい、フィオナ。お前……何……やってるんだ?」

「へ? 見て分かんない? 熱いからお水足してんの」


 フィオナはお風呂についた水の蛇口を思いっきり開いていた。


 いや、確かにそれは温度調節用の水栓ではあるんだが、あくまで細かな調整をするためであって、そんな盛大に出すもんじゃないから! ほら! 水温計がみるみる下がっていってるぅぅぅ!!


「おま、馬鹿! やめろ!! ここ! ここ! ここにしっかり熱湯風呂って書いてあるだろうが!!」

「だってこんなに熱いと一緒に入ってられないじゃん。しょうがないじゃん!」

「熱湯風呂なんだから熱くて当たり前だろうが! 熱いの苦手なら、もうちょっとぬるめの湯舟に行けぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

「何だよ! テッペーの馬鹿ぁぁ!!」


 ということで、ユリーシャに続き、フィオナもプリプリ怒りながら屋外風呂に移動した。

 いやいやいや。どうするんだよ、このぬるくなっちまった風呂はよ。熱湯風呂って書いてあるのにこれじゃ温水プールだよ。他の客が入ったらビックリされちまうよ。係員に気づかれる前に、もう少しは温かくなるかなぁ……。


 ◇◆◇◆◇ 


 仕方なくオレは、ジェットバスに移動した。

 ボコボコ激しく泡が立っているさまが、日本にあるモノとそっくりだ。


 灯りはランプ止まり、燃料は石炭止まり。町の作りが日本の温泉街そっくりだから、偶然この町に来た異世界人の意見を取り入れたってのはありそうな話だが、よくここまで再現できるもんだ。 


「どうなってるんだろうな、これ」


 バシャっ。


「それは湯舟の底に埋め込まれた魔法石のお陰なんだよ、旦那さま。深夜のお掃除時間に店員によって魔法がかけ直されてね。そっか。旦那さまのいた世界のお風呂をちゃんと再現できているんだね」

「だからここは男湯だと……もういい」


 すっぽんぽんのリーサが恥ずかしそうに微笑みながらオレの隣に座った。

 うーむ、普段男っぽい格好をしているからガサツかと思いきや、いやいや仕草が実に女らしい。落ち着く。


「リーサ……」

「何? 旦那さま」

「……いつもありがとうな」

「旦那さま……」


 リーサの目からみるみる涙がこぼれ出す。

 思わず慌てる。


「ど、どうした? 何か辛いことでもあったのか?」

「う、ううん。嬉しくて」

「嬉しい?」

「うん。ボク、旦那さまの役に立てていることが嬉しいんだ」


 うーん、いい子だ。

 オレはリーサを湯舟の中で抱きしめると、頭を優しく撫でてやった。

 リーサが安心してオレにしなだれかかってくる。


 オレの見立てでは、リーサは武家の娘だ。下手したら爵位まで持っている。

 なぜかというと、剣の太刀筋が綺麗すぎるからだ。


 リーサの剣は、正統派剣法の型を何度も何度も地道に愚直に繰り返して身につけた、迷い一つない剣だ。

 勇者としての下駄を履かずに勝負したら、多分オレは十合ともたずに負ける。それくらいリーサは強い。


 だが、周りから期待されて育ったからか、リーサは自分の持っていないものに憧れる傾向があるようだ。


 女子高の王子さまのようにカッコよく、男装の麗人のように華麗に。

 上からは目をかけられ、下からは慕われ、その思いに応えようと隠れて必死に努力して。

 でも実は誰よりも甘えたがりで、誰よりも少女趣味なんだ、コイツは。

 何せ、将来の夢はお嫁さんだからな。


 オレはリーサを抱きしめると、そっとキスをした。


「あん。旦那さま……」


 うーむ、可愛い。しからば……。

 と、オレはキスをフレンチからディープな奴に切り替えた。

 いや、さっきからすっぽんぽんの美女が続いたから、思わずパオーン号も起きちゃってな?


 見ると、リーサの息が荒くなっている。

 ふっふっふ。いやつめ。表情が恍惚こうこつの色を帯びてきやがったぞ? どーれ、更なる攻めをば……。

 ん? 何か違う?


「旦那……さま。……もう駄目」

「おい、しっかりしろ、リーサ! お前まさか、のぼせたのか?」


 異変に気づいて慌てて戻ってきたフィオナとユリーシャに手伝ってもらい、オレはリーサを屋外のベンチに横たえさせた。

 だからここは男湯だってーの! 他の男性客が入ってきたらどうするんだよ!!


 ふぅ。朝っぱらから問題続出。

 修学旅行の引率でもしているような気分になってきたオレは、深いため息をついたのだった。

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