目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第45話 ワークレイ

「ここがワークレイだよ、センセ。メロディアス神教本部があるところ。信徒か一般人かは胸に提げたシンボルで見分けるの。ね? 本部のある町だけあって、信徒が多いでしょ?」


 ユリーシャが隣でパルフェを歩ませながら解説してくれる。

 なるほど。つまりここが、ユリーシャが幼少期を過ごした町だということか。

 見ると確かに女神の横顔をかたどったシンボルネックレスを胸から提げている人が多い。


 ユリーシャは白いフード付きマントと銀の錫杖しゃくじょうで固めているが、これは旅の教徒専用の装備らしい。

 普通にこの町に住んでいる人々は、信徒も一般人も見た目は全然変わらない。


 町全体の雰囲気も特に変わった様子はなく、普通に商店も立ち並んでいるし、学校もあれば、病院もある。

 信徒が多いということ以外は、他の町とさして変わらないようだ。


「センセ、ほら、町の中央部に一際高ひときわたか尖塔せんとうがあるでしょ? あそこが本部なんだ。付きあってもらっていい?」

「いいぜ。リーサとフィオナは?」


 オレは振り返って、パルフェに乗ってすぐ後ろからついてくるリーサとフィオナに声をかけた。

 リーサとフィオナはお互いを見やると、やがてそこに何かの合意を得たのか、苦笑交じりにオレに言った。


「ううん。ボクたちは宿屋で待ってる。行ってきて」

「だね。こっちは気にしないで。多分一日がかりになるだろうし」

「え? そんなになるのか? ……分かった。んじゃ、行ってくるよ」


 四ツ辻でリーサ、フィオナと別れたオレとユリーシャは、真っ直ぐ尖塔へと向かった。


 本部教会へと続く道は参道ともなっているようで、レンガ敷きの広い道の両側に土産物屋が数多く立ちならんでいる。

 この辺りは、日本とさして変わらない。


 オレたちも観光客に混じってキョロキョロ周りを見回しながら教会へと向かった。


「前にセンセに言ったこと覚えているかなぁ。世界各地に連れて行かれた修行僧は、魔物退治をしながら本部のあるワークレイを目指すんだ。そして本部で帰還報告をした後、試験を受けるの。それでその後の階級クラスが決まるんだよ」

「試験か! 神官とか司祭とかってやつか? そいつは大変だな。そういえば合流してからずっと何かの本を読んで勉強していたもんな。あれはメロディアス神教の教本か?」

「そ。でもエストワールで本部に連絡したら、ユリちは通常の修行僧用じゃない試験になるって返答がきたんだ」


 オレはビックリしてパルフェで並走するユリーシャを見た。

 心なしか緊張しているようだ。


「……難しい試験なのか? 大丈夫か?」

「滅多にない試験だから本部は準備で大慌てだって。あぁ、でも覚悟はしてきたから大丈夫。ちゃんとやれる。……多分」

「覚悟? どういうことだ?」


 近くまで行ってみると、尖塔は高い塀に囲まれた敷地内に建てられていた。

 塀越しに、色鮮やかなたくさんの植物群が見える。


 行き交う信徒たちとすれ違いながら、オレたちは塀に沿って入り口たる門の方へとパルフェを進めた。

 程なく前方に門が見えてくる。


「旅を始めたときには思いもしなかった。グリンゴ諸島でセンセと行動していたときにチラっとはその可能性を考えたけど、そのときはまだ確信が持てなかった。でも、自由都市エーディスでフィオナちゃんと会った時にハッキリと分かったんだ。あぁ、そうなんだって。多分、フィオナちゃんも同じだと思う」

「何の話だ? 言ってる意味がさっぱり分からないぞ?」

「……ユリちがサンクトゥス――聖女の一人だってことよ」


 そしてオレとユリーシャは並んで門を潜った。


 ◇◆◇◆◇ 


 教会前の馬繋場ばけいじょうにパルフェの手綱たずなを繋ぐと、オレたちは教会入り口へと近寄った。

 観光客が大勢集まっている。


 だが、近寄ってみると、そこにいた参拝客の多くが困惑の表情を浮かべている。


「ちょっとごめんなさい、ごめんなさいよぉ……」


 人の群れを割って入り一番前まで行くと、そこには『事情により臨時休止』と書かれた立て看板が置かれていた。


「ありゃ。臨時休止だって。ひょっとしてこれ、ユリーシャの試験が入ったからか? 試験のたびにこうしていちいち閉鎖するのか。そいつは大変だな」

「あはは。違うよ。普通は裏手にある公会堂を使うんだけどね。今回はちょっと特別な試験になっちゃって、どうしても本堂を使わないといけないんだ。さ、こっちだよ、センセ。一緒にきて」


 見ると、裏口からちょっと上級そうな司祭たちが大勢出てきて、何やらユリーシャに手招きをしている。


「え? オレも?」

「うん。司祭さま方の用事の半分はセンセにあるから」

「そっか。あーどうも、失礼します……」


 オレが近寄ると、司祭たちが緊張の面持ちで、一斉にオレにこうべを垂れる。

 ……何だってんだ?


 粛々と案内されて堂内に入ってみると、さすがに本堂だけあって内装は荘厳のひと言に尽きた。


 大人数の入る身廊。何本も立ち並ぶ精緻な彫刻が入った真っ白な柱。柱の外側の側廊。床にはベージュのタイルが綺麗に敷かれ、鏡のようにピカピカに磨きぬかれている。


 アプスの中央には、後光を背負った創世の女神・メロディアースと、それにひざまずく民衆が描かれている。フレスコ画だ。 


 こりゃ驚いた。

 アプスの中央――祭壇のすぐ真後ろに立つ女神の彫像は、なんと金色をしていた。


 二メートルほどの高さの台座。その上に立つ女神像。今までの像と全く同じだ。ただ、他の野ざらし女神像と違って手入れがしっかりされているようで、輝きがまるで違う。


 にしても、こんなところに金色の女神像があるだなんてな……。


 そこへ老齢の修道女が近寄ってきた。


「久しぶりね、ユリーシャ。心配したのよ」

「シスター・ロヴィーサ!」


 先ほどまで緊張の塊だったユリーシャの顔が一気に破顔し、勢いよくロヴィーサに抱きついた。

 ロヴィーサが優しくユリーシャの頭を撫でる。

 そうして見ると、修道女同士の抱擁というより、祖母に抱きつく孫といった感じだ。


「あなたってば、三年よ? 人生に迷ったか魔物に殺されたかとずっと心配していたのが、三年経っていきなり連絡を寄越したと思ったら聖女ですって? もう本部に大激震が走ったわよ」

「ごめんなさい、シスター。何だかそんなことになっちゃったの。ユリちもビックリだよ」

「それで……こちらの方が勇者さまね?」

「あ、どうも。藤ヶ谷ふじがやと申します。ユリーシャにはいつも助けられています」


 慌てて挨拶をしたオレを見たロヴィーサは、優しく一つうなずくと、オレに向かって深々とこうべを垂れた。


「ユリーシャは誰よりも真面目で、誰よりも頑張り屋で、誰よりも一生懸命で、そして、誰よりも不器用な子です。どうか……どうかユリーシャを支えてやってください、勇者さま」

「お、お顔をお上げ下さい、シスター。大丈夫です。ユリーシャは必ずオレが守りますから」

「お願いしますね、勇者フジガヤ」


 とそこへ、司祭たちがドヤドヤと入ってきた。

 一人の司祭がオレたちの傍に寄ってきて、立ち位置を指示する。

 ようやく今日のメインイベント、ユリーシャの試験が始まるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?