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第46話 聖女の試練

 オレは居並ぶ人々をそっと眺めた。

 うーむ、居心地が悪い。

 もう見るからに偉い人たちっぽくて、一人として一般職らしき者がいない。


 祭壇につくのは、真っ白な法衣を着た、一際ひときわ身分の高そうなヒゲづらの老人だ。

 白ヒゲという法衣といい、まるでサンタクロースだ。


 そして、黒い司祭服と修道衣を着た男女が左右にズラリと立ち並ぶ。

 全員、ひと目でとても高位だと分かる雰囲気を醸し出している。

 シスター・ロヴィーサもその末席に並ぶ。


 オレとユリーシャは身廊しんろうを中央まで進み、そこで止められた。

 厳しい視線が注がれる中、オレもユリーシャの隣に突っ立つ。


 なーんか妙だぞ? 何でオレまでここに呼ばれているんだ? 試験を受けるのはユリーシャのはずだろう?


 老齢の修道女、シスター・ロヴィーサが口を開く。 


「良く帰還しました、修行僧ユリーシャ=アンダルシア。そして……良くいらっしゃいました、勇者フジガヤ」

「はい」

「ところで勇者フジガヤ。ユリーシャの試験の前に、一つ確認をさせて頂いてよろしいでしょうか」

「確認? オレの? そりゃ構いませんけど。何をすればいいですか?」

「貴方が本当に勇者であるならば、ここに至るまでに幾つかの金色の女神像に接触しているはずです。ここにある金色の女神像にも触れて頂けますか?」

「はぁ……」


 言われるがままに祭壇まで進むと、祭壇前に陣取っていた一番偉そうな白髪白髭の好々爺こうこうやがニッコリ笑って道を開けてくれた。


 本部で一番偉いということは、つまりこの爺さんこそ現メロディアス神教徒のトップということになるのだが、とてもそうは見えない。

 近所のご隠居さんのような優しそうな顔立ちをしている。


 オレは通りしなに爺さんにペコっと頭を下げると、女神像の前に進み、そこに置いてある簡易台座を上がって金色の女神像の足首にそっとタッチした。


 ◇◆◇◆◇


『あいたたたたたたたたた! いたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

「……何だぁ?」


 金色の女神像との接触で狭間の空間はざまのくうかんにきたオレは、今回に限ってなぜだか真っ白玉座の裏に出た。


 声からすると女神メロディアースが玉座の座面側にいることは分かるのだが、アラバスター製の玉座は背もたれが三メートル近くもある高いものなので、何でそんな声を出しているのかさっぱり分からない。

 慌てて座面側に回りこむ。


『おろ? 何じゃ、藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいではないか。何か用かぁ痛ぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁ! くひぃぃぃぃぃぃ!!』


 そこには、白衣を着たアラカンの頭の禿げたずんぐりむっくりなオジサンがいて、メロディちゃんの足つぼを押していた。 

 オジサンがオレを見て、ペコリと頭を下げる。


「メロディちゃん、何やってるの?」

『見ての通り足つぼマッサージじゃ。まーたお主も、変なタイミングで現れよってぇぇぇぇ!! きぇぇぇぇえ!!』

「……オレ、出直そうか?」

『構わん、今日はここまでにするから。おい』

「はい。次回のご予定は一週間後、日曜の朝十時のままでよろしいですね?」

『うむ、変更なしじゃ。頼んだ』


 整体師は赤い表紙の小さなポイントカードにハンコを一個押すと、女神メロディアースに渡し、その場で煙になって消えた。

 神さま専用の療術者なのかね。


『待たせたな、藤ヶ谷徹平よ。えーっと……。お? なんじゃ、お主、ワークレイに辿り着いたか。三聖女とも無事合流できたようだし、順調そうで何よりじゃ』

「ならいいんだけど。いや、そのワークレイなんだけどさ。勇者たる証明とか求められているらしくって、金色の女神像に触れ、なんて言うんだよ。そしたら自動的にここに来ちゃうじゃん? でも証明って言われても、メロディちゃんと写真撮るわけにもいかないし、こういう場合どうすればいいと思う?」

『なるほどなるほど。確か像への接触はこれで四か所目じゃったよな? なら、その剣を抜いて見せるだけでいい』

「そんだけ?」

『そんだけ。さ、ではいつも通り、新たな能力を付与するぞ? 希望を言え』

「そっか。んじゃあねぇ……」


 ◇◆◇◆◇


「よいしょっと……」


 女神像から降りたオレはお偉い祭司さまたちの前に行くと、女神メロディアースに言われた通り、剣を鞘から抜き取った。


「あれ? 何だこれ……」


 剣がぼんやりと光を帯びている。

 夜、テントの天井にぶら下げたら、いい感じにテント内を照らしてくれそうだ。


 司祭たちは我先にとオレの傍に群がると、何か分厚い本を片手に、超至近距離から虫眼鏡やルーペでしげしげと剣を眺めている。


 司祭だけかと思ったら、一番偉いであろう白髪白髭のお爺さん――司教までもが興味津々といった表情で剣を眺めている。


 一人残らず還暦越えだろうに、頬を真っ赤にし、目が輝かして剣を見るその様子は、まるでオモチャを前にした子供のようだ。

 なんか可愛い。


「ちょ、あんまり近づくと危ないってば。おーい。聞いてる?」


 オレの声に気づいて、皆、ゲホゴホとわざとらしい咳をしながら元の位置に戻ったが、そんな取り繕ったってもう無理だよ。


「うむうむ。確かに確認致しました。勇者さま、剣をしまってくだされ」


 照れながらも重々しく言う司教の言葉に合わせ剣をしまったオレは、ユリーシャの隣に戻った。


 横を見ると、なぜだかユリーシャが鼻をおっ広げて、ものごっついドヤ顔をしている。

 これはあれか? うちの彼氏凄いでしょー的な奴か?


「あー、ユリーシャ=アンダルシア。フジガヤ氏が勇者であることが無事確認できた。次はお前の番じゃ。試験に始めるぞ? 用意をしなさい」

「はい」


 途端に場が引き締まる。


 ユリーシャは、オレにウィンクを一つして二、三歩前に出ると、錫杖しゃくじょうを構えた。 

 それに合わせ、司祭たちがそれぞれ自分の錫杖を構えつつ、ユリーシャを中心として半円を作る。


「始め!!」


 白髪白髭の司教の声を合図に、司祭たちが一斉に魔法弾を放つ。

 火焔弾、氷冷弾、雷撃、かまいたち。様々な魔法攻撃がユリーシャ目掛けて一斉に飛んで来る。


「お、おい!」

「大丈夫。センセ、ジッとしていて」


 慌てて近寄ろうとするオレの目の前でユリーシャが錫杖を自身の前に立て、バリアを張った。


 バリアで跳ね返った魔法が身廊のあちこちに飛び散るが、事前に何か施してあるのか、内装には全くダメージが及ばない。


 ひとしきり攻撃魔法が飛んできた辺りで、オレにも分かる程、司祭たちの気が急激にアップする。 


「ウォーミングアップはこの辺りにして、そろそろ本気を出しますよ? ユリーシャ、止めてみせなさい!!」


 シスター・ロヴィーサの声とともに、魔法攻撃が一層激しくなる。

 ユリーシャのバリアで弾かれた各魔法弾が、一層派手に身廊中に飛び散りまくる。


 流石のオレもここまで激しい魔法攻撃を見たのは初めてだったので焦る。

 しかも、こっちはターゲットの側だぜ?

 と、ユリーシャのバリアが薄っすら明滅し始めた。バリアが破れる前兆だ。

 こいつはヤバい。


「センセ、ユリちの肩に触れて!!」

「お。おう!!」


 オレはユリーシャの左肩に、優しく右手を置いた。

 ユリーシャは左手一本で錫杖しゃくじょうを立たせると、右手の指で空中に文字を書きつつ真言しんごんを唱えた。


絶対防御アブソルータ ディフェンシオーネ!!」


 次の瞬間、ユリーシャの張ったバリアが勢いを増し、金色に光り輝いた。

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