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第61話 茶飲み話

「いったい何のつもりだ、爺さん」


 オレは慎重に茶を飲みながら、嫉妬帝をにらみつけた。

 毒くらいならユリーシャが何とかしてくれるだろうが、罠にハマらないに越したことはない。


「言うたじゃろ? 下界の情報が欲しいと。折角会えたんじゃ。孝行だとでも思って老人の茶飲み話に付き合わんかい」

「はぁぁぁぁあ!?」


 オレは思わず三人娘と目を見合わせた。

 ところが、嫉妬帝はそんなオレたちの困惑を毛ほども気にせず、勝手に話し始めた。


「ワシが自身の存在というものに気づいて八百年。今生きておる魔族の中では一、二を争う長寿なのじゃが、実は争いごとが苦手での。ここに引き篭もってからは、すでに五百年経つ。普段は魔法の研究などをしておるのじゃが、やはりずっと一人でいるとたまには人と話してみたくなるもんなんじゃよ」

「ここを訪れる冒険者とかもいるんだろう?」

「おるよ。そんなに多くはなかったがの」

「そいつらはどうなった?」

「食った。問答無用で攻撃してくる者は迎撃するし、話が分かる者であればこうして茶飲み話をするが、そいつらも最後にはやはり襲ってきおったの。ワシは市井しせいのなんてことのない話を聞くだけで充分だったのじゃが、向かってくれば倒さざるをえん。仕方なかろ?」

「オレだってあんたが七霊帝である以上、倒すぜ?」

「構わん。その時は受けて立とう。じゃが、その前にちょっと話をするくらい良かろう?」


 どうにも調子が狂う。この爺さん、本当に話をしたがっているだけみたいだ。


「ほれ、聞きたいこととかないのか? お主、異世界人であろう? こちらも誰かと会話なんぞするのは久しぶりじゃからの。何でも聞くがよい。サービスに、そこの娘っ子どもも知らない情報も教えてやろうぞ」

「んじゃあ……魔族の生態を教えてくれよ。八百年生きているとかどうなってんだ、アンタら」


 あまりにザクっとし過ぎた質問だからか、嫉妬帝が巨大水晶玉の上で胡坐あぐらをかいたまま、腕を組んで考え始める。


「どうなっているも何も、こういう種族としか言いようがないのぅ。薔薇を摘みたくてもトゲが邪魔をするように、魚を食いたくば海に繰り出すしかないように、神によって人間が成長するための障害として作られたのではないかとワシは考察しておる。ほれ、何もかもが快適な環境だとかえって折れやすく弱くなるじゃろう?」

「適度な負荷という意味での天敵ってことか。なるほど、そういう考え方もあるか」


 オレはお茶を飲みながら嫉妬帝の言葉を咀嚼そしゃくした。

 それが正解かどうかは分からないが、神でない以上考察するしかないってのも事実だしな。


「んじゃ、魔王ってのは何だ? 一番強い奴か?」

「それこそ生態という奴じゃの。ワシらは魔王さまより生まれる」

「はぁ!? あんたら全員、魔王の子供なのかよ! え!? 魔王って女なのか!?」

「我らに性別というものはない。容姿も好きなように変えられる。生態が違うから、そういう動物特有の繁殖はんしょくはワシらには無縁の話じゃ」


 ってことは、色欲帝ルクシャーナのあの乱れっぷりは、百パー、演技だったってことか? ぐすん。

 オレの傷心に気づかずに、爺さんが話を続ける。


「我ら魔族の寿命は最大で千年ほどじゃ。魔王さまもまた、勇者と戦うか老衰で死ぬか、まぁ色んな理由で死ぬわけじゃの。そうすると、魔王さまの中の魔核デモンズコアちりとなり、世界各地へ飛び散る。何百か何千か。飛び散った魔核の欠片は長い時間をかけてその地の陰の気を吸い、一つの魔核へと成長する。そうやって魔族が一人生まれるわけじゃ」


 つまり、先代の魔王の魔核の欠片が次代の魔族たち――今いる魔族を生んだってわけか。

 いやはや、オレたち人間とは全く違う生態をしていやがるな。さっすが異世界。


「じゃあ今の魔王は?」


 割烹着を着たスケルトンが、お茶のお代わりを配って歩く。オレもお代わりをもらう。良くできたスケルトンだぜ。


「我ら魔族は生まれながらに激しい闘争本能を持っており、それは同族へも向かう。同族を殺しながら強くなり、ある程度――そうさの。残り百人程度になった段階で不意に同族への闘争本能が消える。その時に一番強い者が魔王となる。何となく分かるんじゃよ、あぁこれが今代の魔王さまだとな」

「へぇ。んじゃ、七霊帝ってのは?」

「魔王さまは解脱げだつするために七人の魔族を選び、その者たちに自分の持つ不要な感情を押しつける。お主たちの言葉で『七つの大罪』とかいうんじゃろ? そうして魔王さまはより高みを目指すために欲を捨てられ、七霊帝は魔王さまから力をもらって強くなる。そうやって七霊帝は生まれる」

「……何だそりゃ。欲を捨てて解脱する? まさか魔王は、神さまになりたいとでも思っているんじゃあるまいな」


 オレは笑って言った。

 だって魔王だぜ? 世界を滅ぼす存在だぜ? 何言ってんだって話だろうが。

 ところが、嫉妬帝は平然と茶を飲みながら答えた。


「いかにも。魚が地上での生活を夢見るように。猿が人間を目指すように。そもそも我ら魔族は神によって神に準じる力を与えられ作られた存在じゃからの。そう考えれば意外なことでもあるまい? それに、見果てぬ夢ではないぞ? 実際過去には神への道を手に入れた者もおるしの」

「魔族から神族へのクラスチェンジだと? そんなの馬鹿な話があるかい」

「そんなこと言ったって、お主はまさにその存在によってこの地に送り込まれたではないか。魔王さまのステップアップをはばむ最後の試練として」

「……創世の女神・メロディアースが元魔族だって!?」 


 オレはそこで、不意に先代勇者カノージンの言葉を思い出した。

 『我々は自分たちが知らないだけで他にも様々な使命が課されている。確かに本命は魔王退治ではあるものの、それだけではない』


 そういうことか。それこそがオレの――勇者の役目だったってわけか。

 メロディちゃんの自信のなさもそこが発端か。なら納得だ。


「ありがとう、爺さん。聞きたいことは聞けたよ。じゃそろそろ戦おうか。やりにくい話ではあるんだが、これも役目なんでな。覚悟してもらおう」

「うむ。極力戦いたくなかったが仕方あるまい。実に楽しいひとときじゃった。ワシこそ感謝じゃよ。準備させるからしばし待つが良い」


 ◇◆◇◆◇


 スケルトンや三人娘が壁際まで下がる中、オレと爺さん――嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミが十メートルの距離で向かい合った。

 爺さんは相変わらず例の特大水晶玉の上であぐらをかいたポーズだ。

 オレは剣を抜き、油断なく構えた。


「嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミ。いざ尋常に!」


 さすがお年寄りだ。こういう時にはそうなるかい。

 オレも礼儀として名乗った。


「勇者藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。参る!」


 嫉妬帝が水晶玉に乗ったまま両手のひらをオレに向かって突き出すと、更に二本、黒のローブを割って手が現れ、先の二本同様、オレに向かって手のひらを突き出す。

 これで手が計四本となった。


 次の瞬間、各手の平の前に小さな魔法陣が現れると、そこから火焔弾が、氷槍が、稲妻が、カマイタチが、凄まじい勢いでオレに向かって発射された。

 うちでは魔法使いはフィオナだけだが、その一発一発が、フィオナの魔法による破壊力を遥かに超えている。

 しかも止まらない。弾幕となって凄まじい勢いでオレに向かって飛んでくる。


制限解除リストリクションリリース、発動!」


 オレは迷うことなく制限解除を発動させた。

 いつものように、頭の片隅にタイムゲージが浮かぶ。制限時間は五秒。金の女神像を制覇コンプリートしてもそこは変わらずだ。ホントしみったれてんな。


 オレは秒速三百四十メートル――音速で嫉妬帝の攻撃を紙一重で避けながら剣を構えた。


「行くぞ、シルバーファング! 第五の牙、超越剣おわりのつるぎ!!」


 剣が眩いばかりに光り輝く。 

 光に包まれたオレは、嫉妬帝に向かって音速で突っ込んだ。 


 ◇◆◇◆◇


「ふむ、見事じゃ。勝ったからにはワシの魔核デモンズコアを持って行くのじゃろう? じゃが、その剣は七名分しか魔核が入らんぞ? アウロラが入った分、狭くなっておるからの。どうする?」

「いや、どうって……。むしろ爺さんこそどうなってるんだい」


 死にそうになるほどの激痛タイムを終えたオレが起き上がると、嫉妬帝の魔核がそこにフヨフヨと浮いていた。

 どうやらわざわざオレの復活を待っていたらしい。


 魔族は死ぬと魔核を残すが、魔核にはその者の持っていた能力が入っているだけで、意識などは黒靄くろもやたる身体の構成物質の消失と共に消え失せる。

 なのに嫉妬帝は魔核だけの存在になりながらもまだ喋り続けている。

 どうなってんだ、この爺さん。規格外すぎるぜ。


「お、いいことを思いついたぞ。どれ……」


 嫉妬帝の魔核はフヨフヨとオレの方に漂って来ると、オレの首から下がったガイコツ人形に吸い込まれた。

 オレは慌ててガイコツ人形を握った。


「ちょ! おい! 何やってんだよ! 爺さん!」

「心配するな。この状態でお前さんの妨害などできんよ。するつもりもないがな。それにお前さんは魔力を持っておらんからワシの魔法は使えん。お主がワシを必要になるのは、知恵を求めたときじゃろう。その時はいくらでも助言してやる。とりあえず呼ばれるまでここで寝ておるからな。では良い旅を」


 嫉妬帝の気配がフっと消える。

 同時に、さっきまで動いていたスケルトンたちが音を立てて床に倒れ込んだ。

 嫉妬帝の魔力が届かなくなって、元の骨に戻ったのだろう。


「んじゃ、帰るか」


 オレは三人娘に向かって、疲労混じりの笑顔を向けた。

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