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第65話 シュバルツバーン城

 ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ。


 雪がはらはらと舞う中、オレたちはパルフェに駆って、シュバルツバーン城までの一本道を走っていた。

 幅四メートルほどの、雪の積もった煉瓦れんがの道だ。

 煉瓦を敷いてあるぶん街道自体はまだマシだが、道の両脇に延々と続く林は雪が厚く積もっている。


 今はもう誰も通ることもなくなってしまったが、かつてはこの道を通ってシュバルツバーンと他の都市との交易が盛んに行われていたのだろう。


 感慨かんがいふけるオレの左を走っていたリーサが不意に顔を上げると、パルフェを走らせながら目をつぶった。


敵影探知ディプレーンショ!」  


 リーサの横を走りながら、オレはその様子をつぶさに観察した。

 これはリーサがつるぎの聖女の三点セットを全部揃えたコンプリートしたことで使えるようになった能力で、一定範囲内の敵の位置を探知することができるというものだ。

 要は、レーダーだかソナーとかいった奴だが、思った以上に索敵範囲が広いらしい。


「なになに? どうかしたぁ?」


 オレの後ろを走るフィオナとその左隣を走るユリーシャが、オレたち前列組の異変に気づいたようで声をかけてきた。

 オレは振り返ると、右手の人差し指を口に当てて『静かに』というジェスチャーを返した。

 探知が成功したか、リーサが半眼はんがんになる。 


「後方……街道上を十八、右の林の中が七、左の林の中が四。まだ前方には回り込まれていないみたい。全部で二十九匹。雪狼スノウウルフの集団だね。でもこちらの姿を確実にとらえている。このままだと追いつかれるよ」

「よし。リーサ、先頭を行け! 続いてユリーシャ、フィオナの順だ。オレが最後尾を務める。走りながら迎撃するぞ!」

「「「了解!!」」」


 全員、パルフェのスピードを一気に上げると、すみやかに配置が入れ替わってリーサを先頭にした一直線になった。

 旅の途中、何度か練習したフォーメーションの一つだ。

 呪文詠唱を始めたフィオナとユリーシャの周囲に発射待ちの光弾と火焔弾が続々と現れる。


 ザザザザザザザザ!


 程なく、雪狼が後方から雪を蹴立てて迫ってくるのが、オレにも視認できた。

 雪狼と聞いて想定した姿とちょっと違う姿に、オレはあんぐり口を開けた。

 いや、姿は合っている。ただしサイズが……。


「おいおい、ちょっと……でかくねぇか!?」


 形こそ狼だが、獅子並みの大きさの獣の集団が、牙と歯茎を剥き出しにして追ってきている。

 飢餓状態でオレたちという獲物に出くわしたからか、どれも皆、とんでもなく興奮している。捕まったら生きながらガツガツ食われること間違いなしだ。怖っ!!


 リーサの探知通り、雪狼は左右の林の中も走っているようで、そちらからは雪の中を走る音だけが聞こえて来る。

 とそこで、林の中を走っていた雪狼が雪を破ってジャンプすると、左右から襲いかかってきた。


「フィオナ! ユリーシャ!」

「おまかせ!」

「はいよぉ!」

 ドドドドドォォォォンンンン!!!!


 右の林から飛び出してきた雪狼がフィオナの火焔弾で、左の林から飛び出してきた雪狼がユリーシャの光弾で、それぞれ派手に吹っ飛ばされた。

 火焔弾も光弾も、当たると同時に周囲を巻き込む程の大爆発を引き起こしている。


 だが、皮が厚いのか、仲間を盾にしたのか、食い気が勝っているのか、単純にガッツなのかよく分からねぇが、結構な数の狼が起き上がってまた追ってきた。

 信じられねぇ。あれだけの爆発を食らってまだ起き上がってくるだと?


「シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎだ!!」


 オレは尚も追ってくる雪狼を、蛇腹剣で一気にいだ。

 頸動脈けいどうみゃくを狙って斬り裂いたからか、さすがにこれは一撃死する。


「何匹残っている!?」


 射程距離外にいる雪狼を迎撃するべくパルフェ上で再度剣を構えると、なんと敵はいきなり方向転換をし、死んだ仲間や弱った仲間に襲いかかった。


「よし、今のうちに距離を稼ぐぞ! 走れ!!」

「「「了解!!」」」


 全員、パルフェにムチを入れる。

 後ろから、さっきまでの仲間に噛みつかれ、ギャンギャンと啼く雪狼の声が聞こえてくるが、気にしている余裕はない。

 傷ついたゆえに仲間の食糧になる。それもまた野生を生きる動物の摂理せつりだ。


「旦那さま! 前方に城壁が見えた!! あれ? 誰かいるよ!」

「なんだと?」


 リーサの声が聞こえたと同時に、両脇に続いていた林がいきなり途絶えた。

 視界が一気に開けて、雪原へと切り替わる。


 前方に尖塔せんとうだらけの立派な平城ひらじろと、それをグルリと囲う、高さ十メートルはありそうな石積みの城壁が見える。


 閉ざされた木製の大きな城門を前に、誰かが戦っているようだ。

 斧を振るう太った男に、大剣を振るう大男、そして刀のような湾曲剣を振るう細身の男が一名。最後に、灰色のフード付きローブを羽織った魔法使いらしき者が一名。

 構成こそ違うものの、うちと同じ四人パーティだ。


 敵は小山ほどの大きさの、石のゴーレムが三体。

 冗談抜きで、腕の一振りが直撃しようものなら内臓なんか軽く破裂しそうだ。

 男たちがヒットアンドウェイで攻撃を仕かけているが、あまりダメージを与えられている様子が見えない。

 さすがに石だしな。それよりも、よくもまぁあんな凶悪な攻撃をしのぐもんだよ。


「旦那さま! 頭上からガーゴイルが五体、迫ってきてる!」

「合流しつつ迎撃するぞ!」

「「「はい!」」」


 雪を蹴立てて迫るオレたちのパルフェに気づいたようで、城門前のパーティメンバーたちの顔に安堵の色が浮かぶ。

 だがまだ遠い。オレはずんだのスピードを上げつつ、いつでも飛び降りられるよう鞍の上に立った。


「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、灼熱剣もやしつくすつるぎ!」 


 オレの意を受けた聖剣が、高熱で赤く輝く。  

 オレはギリギリまで愛鳥ずんだに乗ったまま接近すると、飛び降りざま韋駄天足いだてんそくを発動し、一気にゴーレムに向かって突撃した。


「砕けろぉ! ソードインパクトぉぉおお!!!!」


 二千度の高温になったシルバーファングの先端が、こちらに気づいて振り向きつつあるゴーレムの上半身を粉々に吹っ飛ばした。

 それを見た巨漢たちが目を丸くする。


 勢い余って雪原を転がったオレが起き上がると同時に、視界が真っ白になった。

 まるで、正面から車のハイビームを当てられたかのようだ。


 ゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォンンン!!!!


 耳をつんざく轟音と共に、爆風がオレの顔に叩きつけられた。

 魔法使いの放った光の帯が、オレの目の前でもう一体のゴーレムを木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。


 いやいやいやいや。これは光弾なんて生易なまやさしいものじゃない。もはやビームだ。格闘ゲームのキャラが必殺の飛び道具として放つ広範囲の光の束だ。

 さしものオレも、あまりの出来事に呆然とする。


「何をボサっと突っ立っている、藤ヶ谷ふじがや! 上からくるぞ!」

「く、久我くがか?」


 ガキィィィン!!


 オレは振り向きざまに思いっきり剣を振り抜いた。

 高熱を帯びた剣に真っ二つに裂かれて墜落したガーゴイルが、オレの見ている前で、みるみる石塊に戻っていく。


 だが、他の者たちはやはり苦戦しているようだ。

 ゴーレムもガーゴイルも石で出来ているからか、やはり通常の攻撃ではあまり効果がないのだろう。


「こっちだ! 全員中に入れ!」


 声に振り返ると、いつの間に城壁の中に入ったのか、外開きの巨大城門が少し開いて、中から魔法使いの格好をした久我がオレたちを呼んでいる。

 周囲を見て敵の配置を確認したオレは、男たちに向かって叫んだ。


「ここはオレが引き受ける。あんたらは今のうちに行け!」

「すまん! 頼んだ!!」


 男たちは急いで馬に飛び乗ると、城門に向かって駆け出した。


「リーサ、お前たちもだ!」

「了解、旦那さま。みんな行くよ!!」

「ずんだ! 続け!!」


 三人娘も迎撃を止め、城門に向かってパルフェを走らせる。緑色のパルフェ――ずんだがその後に続く。


「ソードインパクトぉぉおお!!!!」


 横を走り過ぎるパルフェに向かってパンチを放ったゴーレムの腕を吹っ飛ばしたオレは、韋駄天足を維持したまま城門の中に走り込んだ。


 音を立てて城門が閉まる。

 だが、これでホっとはしていられない。空を飛ぶガーゴイルには高い城壁など関係ないからな。


「開いたぞ、こっちだ!」


 城門の内側には、薄っすら雪の積もった芝生の中庭が広がっており、それを割って宮殿の正門に至る石畳が敷かれていた。

 見ると宮殿の正門が開いている。どうやら久我が先んじて、魔法で開錠したらしい。


 宮殿とはいえすでに無人だし、何より今は命がかかっている。床が汚れるのもやむなしだろう。 

 皆、馬やパルフェに乗ったまま、宮殿内部に飛び込んだ。

 最後に、オレがガーゴイルを蹴散らしつつ宮殿の中に飛び込むのと同時に、音を立てて宮殿の正門が閉じたのであった。

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