目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第66話 賢者 久我光寿

 どうやらここは玄関ロビーらしい。

 すぐ左にクローク室が。奥に進むと、大階段のある更なる広い空間が広がっているようだ。


 とりあえずの危機を脱したので、オレは三人娘に今の内に着替えるよう指示した。


 三人娘がパルフェの陰に隠れていそいそと、いつもの身軽な服に着替える。

 モコモコの服で長時間の戦闘なんかやっていられるかっての。


 見ると、久我くがのパーティも、少しホっとした様子で衣服や馬に着いた雪を払っている。


 ゴーレムやガーゴイルは元々この城を護るために配置されたのだろう。だから宮殿内には入ってこれない。

 だが、七霊帝の軍団は別だ。


 奴らはこの城のどこかでオレたち侵入者が来るのを今か今かと待ち受けているはずだ。

 対抗するためには作戦が必要だ。


 オレは振り返ると、久我と相対あいたいした。

 しばらくぶりの再会だからか、奇妙な緊張が走る。


「久しぶりだな、藤ヶ谷ふじがや

「そうだな。もう十年近くか、久我」


 久我の身長はオレと同じ百八十センチ程で、眼鏡をかけた知的な風貌をしている。

 こうして話すのは大学構内キャンパスで殴られたとき以来だが、あの頃とさほど変わったようには見えない。


 久我はフィオナと同じく、二メートル近い長さの長杖ロッドを持っていた。

 柄頭は、真っ白な馬の頭部だ。

 いや、違う。馬の額からツノが生えている。ってことは、ユニコーンだ。


 女神メロディアースからもらった杖なのだろうが、随分とファンタジー色が濃いオシャレな杖だ。


 オレの視線に気づいたか、久我の方から話を振ってきた。


「そういえばさっき、凄いスピードで動いてゴーレムをぶっ壊していたな。あれはいったい何だ? 剣士の技か?」

「まぁな。だが使えるのは剣技だけだ。打撃特化型パワータイプだよ。久我は魔法使いなのか?」

「そうだな。攻撃魔法がメインではあるが、回復も使える。補助もできる。その分、腕力系はサッパリだ。だから前衛が必須なんだ。よくあるゲーム的には賢者って扱いになるのかもな」

「賢者か。久我らしいな」


 だが、女神メロディアースの未来視によると、勇者候補者五人の中で魔王との最終バトルに至れたのはオレだけらしい。だからこそさかのぼってサンクトゥス――三人の聖女伝説が広められた。

 という事は、久我もまたこの先どこかで脱落するってことなのか? あれだけの魔法を使えるのに? 久我自身はそれを知っているのか? それを喋ってしまってもいいものなのか?


 オレの頭の中を色々な考えがグルグルと回る。

 だが、そんなオレの考えを知ってか知らずか、久我が三人娘を遠目に見ながら若干じゃっかん呆れ気味に言った。


「相変わらずモテるんだな、藤ヶ谷。しかもティーンか? うらやましいことで。……あれから少しは女性の気持ちが分かるようになったか?」

「いや、駄目だな。オレには性欲と愛の違いがいまだに分からない」

「……そうか。理屈で考えようとするから愛に辿り着けないんだと思うがな。もっと心に素直に……。いや、やめておこう。お前がお前自身で気づくべきことだ」

「そうだな、悪ぃ」


 再び沈黙が訪れる。


「ここからどうする? ミツ」


 そこへ、準備が済んだのか、巨漢の剣士が久我に指示を聞きにきた。

 四十代半ばで筋骨隆々。身長はオレより高く、見た目は完全にパワー系。歴戦の勇士といった風格があるが、反面とても優しそうな目をしている。

 なるほど、久我の補助をするには、うってつけなタイプだ。


 だがこちらも負けてはいない。

 これから何か打ち合わせを始めるようだと気づいたようで、城内探索の準備を整えながらもしっかりとオレの様子を見ていたリーサが素早く駆け寄ってくる。

 そういうとこ、ホント頼りになるよ、リーサ。


 メンバーはオレとリーサ、久我と巨漢の四人だ。

 久我が少し考え、提案する。


「八人でぞろぞろ歩いていても邪魔になるし、敵にも見つかりやすい。やはりここからはまたそれぞれのパーティに戻ろう。再会したときに情報の共有をする。その方が効率的だ」

「それでいいぜ。ただし無理はせず、救援が必要なときはお互い遠慮なく呼ぶってのはどうだ」

「もちろんだ。頼んだぞ、藤ヶ谷」

「こちらこそだ、久我」


 オレとリーサ、久我と巨漢がそれぞれ残りのメンバーに決定事項を伝えようと左右に分かれたそのとき、オレの髪がフワっと逆立った。

 オレの背中を何とも言いようのない猛烈な悪寒が駆け抜ける。


トニトゥルーム

「全員伏せろぉぉぉおお!!!!」


 理屈じゃない。強いて言えば勘だ。

 オレは叫びながらリーサをかかえると、韋駄天足いだてんそくを発動しつつ後ろも見ずにジャンプした。

 着地と同時にリーサに覆いかぶさって床に伏せる。

 まさに間一髪。コンマ数秒後、周囲全てが真っ白に染まった。


 ドガガガガガガガガガガガガガガァァァァァァアンンンン!!!!!!


 耳をつんざく轟音と共に、爆風が一瞬でロビーを駆け抜けた。

 地震でも起きたかってくらいの勢いで、地面が激しく揺れる。


 ガッシャアァァァァン!!


 爆風によるものか、四方八方からガラスの割れる音が聞こえてくる。

 続いて上空からガラスの破片が大量に降ってきた。

 その音で頭上からの危機を悟ったか、リーサがオレの下で小さく縮こまる。


 オレ一人だけまだ雪原踏破用装備を外していなかったことが幸いしたか、分厚ぶあついマントがガラスを弾いてくれてダメージはない。

 お陰でオレの下のリーサも怪我をせずに済んだようだ。ありがたい。


 煙が充満する中、リーサと共にゆっくりと起き上がり振り返ったオレは、さっきまで四人で集まっていた辺りの床に直径三メートルにも及ぶ大穴が開いているのに気がついた。


 床材に引火でもしたのか、穴からブスブスと炎と煙が立ち昇っている。

 雷だ。オレたちを狙って天と地を繋ぐほど特大の、雷の魔法が放たれたのだ。


 オレは立ち上がると、ガラス片の刺さったマントを脱ぎ捨てつつ三人娘に大声で指示を出した。


「リーサ! 大至急、フィオナと二人でそこのクローク部屋にパルフェを避難させろ! 念のためエサを床にぶちまけておけ! ユリーシャはパルフェが全羽入り次第、部屋に結界を張るんだ! 急げ!」


 オレの口調から緊急度合いが分かったのだろう。

 あまりの出来事に呆然としていた三人娘が、慌ててバタバタ動き始めた。


 気配を感じ、オレは空を睨みつけた。

 程なく、空からゆっくり人影が降りてくる。


 先ほどの穴の手前側に二体、向こう側に二体。

 同時に、魔物の手によるものか、部屋の中央に人の背丈ほどの炎の壁が立ち上がり、向こう側と完全に分断される。

 ヤバい。久我たちは大丈夫なのか!?


 空から降りてきた魔物は、特徴的な姿をしていた。

 鹿の頭に裸の上半身、獣毛のビッシリ生えた山羊の下半身に、背中には蝙蝠のような羽を生やし、足先はひづめの形をしている。

 身長は三メートル近くもあるだろうか。

 まさに、神話の悪魔そのものだ。

 獣の目が冷たくオレを見下ろす。


 オレはパルフェに乗ってシュバルツバーン城を目指している間にガイコツ人形の中身――嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミの爺さんが教えてくれたことを思いだした。


 ◇◆◇◆◇


「フェルエル? 魔獣フェルエルか。おぉ、知っておるよ」

「魔獣? どんな奴なんだ?」

「鹿の頭に人の身体をした魔法特化型マジックタイプの魔物じゃ。では魔獣の成り立ちから話してやろう。我々魔族がどうやって生まれてくるかは覚えておるな?」

「あぁ。死んだ魔王の魔核デモンズコアが無数の欠片となって世界中に散らばった後、世界各地の陰の気を吸って成長して身体を得ると。そんな感じじゃなかったかい?」

おおむねね正解じゃ。人型をした魔族が完成形だとして、多くの海洋生物がそうであるように生まれぬモノ、育たぬモノもある。逆に、何かのトラブルによって異常進化を遂げるモノもある。それが魔獣じゃ」

「異常進化? 人型じゃないってのか?」

「我々魔族は神によって、人間を作る為の雛形として作られた。じゃから人型じゃ。じゃが魔獣は山のような巨体であったり獣面じゅうめんをしていたりとそのことわりを外れておる。そして異常進化したがゆえにその力は得てして通常の魔族をしのぐことが多い」

「魔族より強いだって?」

「どこかのパラメーターが極端に低い分、別のパラメーターが飛び抜けて高くなる。よくある話じゃろ? じゃから魔獣は手強い。ゆめゆめ油断するなよ?」


 ◇◆◇◆◇


「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、灼熱剣もやしつくすつるぎ! そして……くらえ! ソード・インパクトぉぉぉぉ!!」 


 オレはフェルエルに向かって、ゴーレムすら一撃で砕く必殺技を放った。


 バリン! バリン! バリィィィィィィンン!!

 何か、連続でガラスでも砕けるような音がして……。


「止められた!?」


 必殺のソードインパクトは、フェルエルの身体に届くことなく手前で止められた。 

 わけが分からない。確かに貫いた感覚があったのに!


「テッペー! ソイツ、積層型の魔法防御壁バリアを展開してるよ! 防壁が七枚折り重なってる!」


 フィオナの声に目を凝らす。

 本当だ。オレにも薄っすら見える。

 まさか、七枚の防壁全てを一度に貫かないとダメージを与えられないってことか? だが、ソードインパクトで突破できない壁をどうやって突破する?


 フェルエルがそんなオレの動揺を知ってか知らずか、鹿の顔に愉悦ゆえつの表情を浮かべた。

 理屈じゃなく、オレはその表情を見て心底ゾっとした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?