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最終話 私たちの生活

 入ってきたのはマルケスだった。

 側に誰もいない。

 今までだったらありえないことだ。


「無事だったか」

「心配でもしてくれたのかしら?」

「ふん、まさか。このまま死んでくれれば契約とやらもなくなるのかと期待したのだがな……中々しぶとい魔女だ」


 マルケスは憎まれ口をたたいた。

 彼の本当の心までは分からない。

 だが、彼が私への警戒心を失っているのは確かだ。

 そうでなければ衛兵もつけずに一人でのこのこやってはこないだろう。


「そういえばセリーヌは? それとマゼンダも」


 普段ならずっと側にいるのがあの子なのに、珍しいこともあるものだ。


「彼女たちは慰霊碑を作ってくれている。彼女たちに言われてワシはお前の様子を見に来たのだ」


 マルケスは渋々といった口調で答えた。

 面白い展開になっている。

 まさか皇帝マルケスが小娘に顎で使われているとは。


「慰霊碑を建てるのはワシが言い始めたことだ。本来ならもっと時間がかかるところだが、彼女たちが手伝ってくれているおかげでまもなく完成だ」


 なんだか丸くなったなと感じた。

 それはシュトラウスも同感らしく、彼からマルケスに対する殺意がなくなっていた。

 共通の敵を撃退した影響だろう。

 いまの私たちには一体感がある。

 それこそ、契約なんて必要がないのではないかと錯覚するほどに……。


「じゃあ私も慰霊碑に祈りを捧げに行こうかしら? 死んでいった兵士たちを弔いたい気持ちもあるし、わざわざ皇帝陛下が自ら私を呼びに来たとあっては、答えないわけにもいかないもの」


 冗談めかしてマルケスの後に続いて部屋を出る。

 細長い廊下に出て、螺旋階段を登り始めた。


「慰霊碑は屋上に作ると決めている」

「なんでまたそんなところに? 一般の人たちは来れないじゃないか」


 シュトラウスが疑問をぶつける。

 確かに王城の屋上となると、市民がいつでもというわけにはいかない。


「正式な慰霊碑はもっと素材やらなにやらを厳選して街中に建てるさ。屋上にあるのは個人用だ」

「まるでギルドマンそっくりね」


 私はヴァラガン統括であるギルドマンを思い出す。

 彼も屋上に慰霊碑のようなものを建てていた気がする。


「ギルドマンが子供の頃に見せたことがあったからな。それからかもしれん」

「意外な繋がりね」

「いまではお互い考え方も違ってしまったがな。しかし根っこの部分は同じだと信じている」


 マルケスと話しているうちに、階段は終わりを迎え屋上に続く扉が姿を現した。

 ゆっくりとドアを開けると、そこにはセリーヌとマゼンダに加えて、マルケスの側近たちが片づけをしていた。

 どうやら慰霊碑は完成したらしい。


「さきほどどうして屋上に建てるかと問うたな? 答えは簡単だ。彼らがいる場所に近い方が、祈りも届くと思ったからだ。ワシの命令で命を落とした者、この街と国を守るために命を落とした者。ワシは彼らを英霊と呼ぶ」


 慰霊碑は簡素な大岩で作られていた。

 岩の中央には安らかに眠れと一文が彫られていた。

 決して煌びやかでもなければ、豪華な作りでもない。

 しかしマルケスはそんな慰霊碑の前で両膝をついた。

 屈んだマルケスとほとんど大きさの変わらない慰霊碑の前で、マルケスは静かに涙を流しながら祈り続けた。


 私やシュトラウス、セリーヌにマゼンダも、彼のあとに続く。

 屋上にいる全員が殉職した英霊たちに祈りを捧げ続けた。







「では契約通りに」


 私とマルケスは固い握手を交わす。

 慰霊碑に祈りを捧げ終わった後、私たちは帰り支度を始めた。

 用件がすべて片付いた今、こんなところに長居は無用だった。


「ワシは今回の一件で少し考え方をあらためる。しかし根っこは変わらない。だが国全土をどうにかしようとは思わん。自衛のために、この王都ヘディナ周辺に関しては不思議を無くす方向で進めていくつもりだ。そして契約通り、お主たちが拠点とするヴァラガン側には干渉しない。貿易や国としてのやり取りは続けていくつもりだが、不思議に関する管理はヴァラガンとお主たちに一任するとしよう」

努々ゆめゆめそれを忘れないことね。私はきっとこの先も歳をとらずに生きていく。ちゃんと契約のこと、次の皇帝にも守らせてね? 知らなかったで済まないのが魔女の契約よ?」


 私はちゃんと最後に牽制しておくことを忘れない。

 私は当分死んでやるつもりはない。

 幸いなことに、シュトラウスは同じ時間を一緒に過ごしてくれるだろう。


「本当に私も行っていいの?」


 私たちの背後に佇んでいたマゼンダが、若干申し訳なさそうな様子で尋ねてきた。


「当たり前でしょう。逆にここに貴女だけ置いていくようなマネできないわ」


 私はマゼンダの手を握って肯定する。

 彼女が私たちと一緒に暮らすかは別として、とりあえずここには置いておけない。


「もう会うことはないでしょうけれど、お互い元気に暮らせることを祈ってるわ」

「当たり前だ。もう二度と会いたくない」


 私たちはセリーヌが呼び出したドラゴンの背に乗る。

 荷物は全てマゼンダの結界の中へ放り込み、城の屋上から豪快に空へ飛び立った。

 徐々に小さくなっていく城を見下ろしながら、私は後ろを振り返る。

 そこにはセリーヌとマゼンダとシュトラウスが楽しそうに笑っている。


 ああ、長く生きてきて良かった。

 この魔眼のおかげでこんなに素晴らしい家族を手にしたのだ。

 時間は出会いを生み出すもの。

 別れも来るけれど、出会いもある。

 私のこの魔眼は私を嫌われ者にしたが、こうしてかけがえのない家族にも出会わせてくれた。


「絶対に守り抜くわ」

「リーゼ、なんか言った?」

「うん? 何も言ってないわよ。危ないからちゃんと掴まっていなさい」


 私は誤魔化しながらセリーヌを優しく抱きしめた。





                        嫌われ魔女リーゼと貧血の魔王 end

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