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第四十二話 終戦

「おいで」


 私は不死鳥を呼び出す。

 私の一番の相棒であり切り札だ。

 首元のチョーカーに手を当てる。

 不死鳥の羽根でできたチョーカーは私の不思議のコントロールを手伝ってくれる。


「急げリーゼ、長くは持たない!」


 シュトラウスの声がする。

 視線を向けると、セリーヌが呼び出した魔物たちはほとんど死に絶え、シュトラウスと数匹の魔物がなんとか耐えている状態だった。

 敵の数を確認する。

 いまだ四本腕は五十体はいるだろう。

 私の他のプレグも限界が近かった。

 機動力を削いでいた植物のプレグがやられ、機動力を取り戻した四本腕たちの猛攻を前に次々とやられていく。

 残ったのは白銀のオオカミだけだ。


「分かってる!」

「最悪逃げるのも手か?」

「だめよ! これで根絶させなければ、コイツらはまた増えるわ!」


 四本腕は人間や魔物の腕を食べて増殖できる。

 ここで根絶やしにしなければ、いつか今回を大きく上回る数で攻めてくるだろう。

 そうなれば勝つのは難しく、仮に勝利したとしても甚大な被害が出る。


 私の周囲を激しい炎が一周したところで不死鳥が姿を現す。

 神々しく輝く不死鳥は、自身の周囲に常に炎を纏う。

 紅蓮と黄金の炎を纏ったその姿は、まさに王そのものだった。

 すべてのプレグの頂点。

 少なくとも私の中ではそうだ。


「力を貸して」


 私はチョーカーから手を離す。

 力を加減するつもりはない。

 最大限の力で持って四本腕たちを退ける!


 私の一音節が終わるやいなや、不死鳥は空高く舞い上がった。

 四本腕たちは突然戦場に姿を現した不死鳥を見上げる。

 彼らも感づいたのだろう。きっとこいつが一番ヤバいと。


「焼き殺せ!」


 不死鳥は自身の周囲に発生していた炎を円形に広げていく。

 まるで太陽かと錯覚するほど巨大な炎の球体だ。

 四本腕と同じく私たちも炎の中に放り込まれた。

 しかし熱くない。

 私やシュトラウス、セリーヌはもちろんのこと、マルケスや兵士たちも、同じく炎の影響を一切受けていない。

 不死鳥の炎で焼かれるのは敵だけだ。

 不死鳥が敵だと認識した相手だけが焼かれる。


「なんだこれは……これが魔法だと? こんなの神の技ではないか!」


 紅蓮の球体の中でマルケスが吠える。


「いいえこれは魔法よ。不思議を否定するんなら、神様だって否定しなさい」


 紅蓮の球体の熱量はそんじょそこらの炎とはレベルが違う。

 戦場のすべてを包み込んだ紅蓮の太陽は、敵と認識したものだけを一瞬で焼き殺した。

 四本腕が球体に飲み込まれた瞬間、何かが焼けるような音だけ発して一瞬で塵となった。


 やがて球体は静かに小さくなっていく。

 そのまま何事もなかったかのように炎が消え去ると、そこには私たちと兵士たちだけが残った。


「これは終わったのか?」


 マルケスは恐る恐る戦場を観察する。

 終わったと思う。というより思いたい。

 いま戦場に存在するのは私たちだけだ。

 四本腕たちは跡形もなく消え去っていた。

 セリーヌとシュトラウスも無事だし、私も特別ダメージを負ったわけではない。

 完全なる勝利といっていいだろう。


「ええ。これで終わりかしら? ただ素直には喜べないわね」


 勝利したとはいえ、兵士たちの半数は犠牲となってしまった。

 戦場に残ったのは生き残った私たちと、腕をもがれた兵士たちの死体だけとなった。

 悲惨な犠牲者の数だ。

 一般市民に被害が出なかったから良いというわけではない。


「マルケス?」


 マルケスは静かに見張り台から地面に降り立つ。

 近寄ってきた兵士たちに言葉をかけながら、部隊の最前列に向かって歩いていた。

 そして一番最初に殉職したであろう兵士の死体の前で膝をつく。


 マルケスは両手を胸の前で握り、静かに目を閉じて何事かを囁いていた。

 ここからでは聞き取れないが、きっと祈りの言葉だろう。

 あれだけ不思議を毛嫌いしておいて、なんだかんだ祈りや信念、情愛や尊敬といった目に見えないものは肯定するのだ。

 マルケスの小さくなった後ろ姿を見ながら、私は少々不思議な気持ちになった。


「リーゼ! リーゼ!」


 私の名前を強く呼ぶ声がする。

 きっとこれはセリーヌの声。

 ああ、やっぱり限界だったらしい。

 あきらかにやりすぎた。

 視界がぼやける。

 世界が揺れる。

 耳が徐々に遠くなり、私の世界から音と光が失われた。






「そろそろ目覚めたらどうだ?」


 耳元で囁かれたそんな声で私は意識を取り戻した。

 視界一杯に広がったシュトラウスの顔。

 少年の姿でいるということは、私が意識を失ってからそれなりに時間が経過しているようだ。

 そういえば天井が見えるし、固い地面ではなくふかふかのベッドに寝かされている。

 見上げ見たシュトラウスのすぐ奥に、豪華なシャンデリアが優しい色を灯していた。


「ここは? いまは?」

「質問が単語だけなのやめろ。ここはヘディナの城の客室だ。いまはお前が意識を失ってから丸三日経過したあたりだ」


 シュトラウスの答えを聞いて私は安堵のため息を漏らした。

 どうやら戦いは本当にあれで終わったらしい。

 それにあれだけ魔眼を使い倒しておいて、たった三日の気絶で済んだのは幸運かもしれない。


「よかった。マルケスは約束を守るつもりね。私を殺そうとはしなかったのだから」

「そりゃ破れば自分も燃え死ぬからな」


 シュトラウスは笑い出した。

 それもそうか。せっかく生き残ったのに、約束を反故にして焼け死ぬなんて無様すぎる。


「ちょっと外の様子でも見てこようかな」


 私がゆっくりと立ちあがったと同時に、部屋のドアがノックされた。

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