「おいで」
私は不死鳥を呼び出す。
私の一番の相棒であり切り札だ。
首元のチョーカーに手を当てる。
不死鳥の羽根でできたチョーカーは私の不思議のコントロールを手伝ってくれる。
「急げリーゼ、長くは持たない!」
シュトラウスの声がする。
視線を向けると、セリーヌが呼び出した魔物たちはほとんど死に絶え、シュトラウスと数匹の魔物がなんとか耐えている状態だった。
敵の数を確認する。
いまだ四本腕は五十体はいるだろう。
私の他のプレグも限界が近かった。
機動力を削いでいた植物のプレグがやられ、機動力を取り戻した四本腕たちの猛攻を前に次々とやられていく。
残ったのは白銀のオオカミだけだ。
「分かってる!」
「最悪逃げるのも手か?」
「だめよ! これで根絶させなければ、コイツらはまた増えるわ!」
四本腕は人間や魔物の腕を食べて増殖できる。
ここで根絶やしにしなければ、いつか今回を大きく上回る数で攻めてくるだろう。
そうなれば勝つのは難しく、仮に勝利したとしても甚大な被害が出る。
私の周囲を激しい炎が一周したところで不死鳥が姿を現す。
神々しく輝く不死鳥は、自身の周囲に常に炎を纏う。
紅蓮と黄金の炎を纏ったその姿は、まさに王そのものだった。
すべてのプレグの頂点。
少なくとも私の中ではそうだ。
「力を貸して」
私はチョーカーから手を離す。
力を加減するつもりはない。
最大限の力で持って四本腕たちを退ける!
私の一音節が終わるやいなや、不死鳥は空高く舞い上がった。
四本腕たちは突然戦場に姿を現した不死鳥を見上げる。
彼らも感づいたのだろう。きっとこいつが一番ヤバいと。
「焼き殺せ!」
不死鳥は自身の周囲に発生していた炎を円形に広げていく。
まるで太陽かと錯覚するほど巨大な炎の球体だ。
四本腕と同じく私たちも炎の中に放り込まれた。
しかし熱くない。
私やシュトラウス、セリーヌはもちろんのこと、マルケスや兵士たちも、同じく炎の影響を一切受けていない。
不死鳥の炎で焼かれるのは敵だけだ。
不死鳥が敵だと認識した相手だけが焼かれる。
「なんだこれは……これが魔法だと? こんなの神の技ではないか!」
紅蓮の球体の中でマルケスが吠える。
「いいえこれは魔法よ。不思議を否定するんなら、神様だって否定しなさい」
紅蓮の球体の熱量はそんじょそこらの炎とはレベルが違う。
戦場のすべてを包み込んだ紅蓮の太陽は、敵と認識したものだけを一瞬で焼き殺した。
四本腕が球体に飲み込まれた瞬間、何かが焼けるような音だけ発して一瞬で塵となった。
やがて球体は静かに小さくなっていく。
そのまま何事もなかったかのように炎が消え去ると、そこには私たちと兵士たちだけが残った。
「これは終わったのか?」
マルケスは恐る恐る戦場を観察する。
終わったと思う。というより思いたい。
いま戦場に存在するのは私たちだけだ。
四本腕たちは跡形もなく消え去っていた。
セリーヌとシュトラウスも無事だし、私も特別ダメージを負ったわけではない。
完全なる勝利といっていいだろう。
「ええ。これで終わりかしら? ただ素直には喜べないわね」
勝利したとはいえ、兵士たちの半数は犠牲となってしまった。
戦場に残ったのは生き残った私たちと、腕をもがれた兵士たちの死体だけとなった。
悲惨な犠牲者の数だ。
一般市民に被害が出なかったから良いというわけではない。
「マルケス?」
マルケスは静かに見張り台から地面に降り立つ。
近寄ってきた兵士たちに言葉をかけながら、部隊の最前列に向かって歩いていた。
そして一番最初に殉職したであろう兵士の死体の前で膝をつく。
マルケスは両手を胸の前で握り、静かに目を閉じて何事かを囁いていた。
ここからでは聞き取れないが、きっと祈りの言葉だろう。
あれだけ不思議を毛嫌いしておいて、なんだかんだ祈りや信念、情愛や尊敬といった目に見えないものは肯定するのだ。
マルケスの小さくなった後ろ姿を見ながら、私は少々不思議な気持ちになった。
「リーゼ! リーゼ!」
私の名前を強く呼ぶ声がする。
きっとこれはセリーヌの声。
ああ、やっぱり限界だったらしい。
あきらかにやりすぎた。
視界がぼやける。
世界が揺れる。
耳が徐々に遠くなり、私の世界から音と光が失われた。
「そろそろ目覚めたらどうだ?」
耳元で囁かれたそんな声で私は意識を取り戻した。
視界一杯に広がったシュトラウスの顔。
少年の姿でいるということは、私が意識を失ってからそれなりに時間が経過しているようだ。
そういえば天井が見えるし、固い地面ではなくふかふかのベッドに寝かされている。
見上げ見たシュトラウスのすぐ奥に、豪華なシャンデリアが優しい色を灯していた。
「ここは? いまは?」
「質問が単語だけなのやめろ。ここはヘディナの城の客室だ。いまはお前が意識を失ってから丸三日経過したあたりだ」
シュトラウスの答えを聞いて私は安堵のため息を漏らした。
どうやら戦いは本当にあれで終わったらしい。
それにあれだけ魔眼を使い倒しておいて、たった三日の気絶で済んだのは幸運かもしれない。
「よかった。マルケスは約束を守るつもりね。私を殺そうとはしなかったのだから」
「そりゃ破れば自分も燃え死ぬからな」
シュトラウスは笑い出した。
それもそうか。せっかく生き残ったのに、約束を反故にして焼け死ぬなんて無様すぎる。
「ちょっと外の様子でも見てこようかな」
私がゆっくりと立ちあがったと同時に、部屋のドアがノックされた。