「あっ♡ 嘘っ♡ な、なんでっ♡ ダメっ♡ そこはダメッ♡ あああああ♡」
ダンジョン内に響く、エルの悲鳴。悲鳴にしては妙に艶やかだが、我はそれを気にしない。気にしないというか、それどころではない。気を抜けば、一瞬でやられてしまう。
我がダンジョンで最も広い場所、ダンジョン最深部。そこで我は、一人の老人と向き合っていた。彼は一見白髪の老人のように見える。しかし彼は魔族だ。人間と比べてはるかに長生きな魔族でこれほど老化しているということは、それだけ長い年月を生きてきたということだ。ちなみにこの老人、我の師匠である。
パワーや魔力は我の方が明らかに強いのだが、この師匠には全く勝てる気がしない。それくらい、師匠は強い。
なにが強いのか? それは、技だ。技としかいいようがない。あるいは、テクニック。
師匠は別に、不意をついてくるわけでも、見えない速さで攻撃してくるわけでも、防ぎようがないほどの高威力の攻撃をしてくるわけでもない。ただただ上手い、それだけなのだ。そして、とても美しい。そのあまりにも綺麗な剣技に我は一目惚れし、無理を言って弟子入りしたのだ。
――ちなみに、弟子入りは昨日の事だ。
たまたま師匠が自己鍛錬している姿を目撃して。その技に一目惚れしてな。魔族は身体能力でごり押しするイメージだったのだが、師匠の存在で一気にイメージが変わった。
師匠は腰は曲がっているが、武器はしっかりと構えていて隙が無い。
師匠は滑らかに移動し我に近づくと、その武器を振るった。刀だ。それほど早い攻撃というわけではない。我は後ろに下がってその攻撃をやり過ごす。
すかさず師匠の次の攻撃が我に襲い掛かって来る。それも我は後ろに下がって躱す。下がれば距離が空き、攻撃は躱せるが我も攻撃できない。
下がらず、横に避ければいい。あるいは防げばいいと思うかもしれないが、師匠の攻撃は変幻自在。避けたつもりでも、攻撃が避けた方向に変化して切られてしまう。防ごうとしても同様だ。その失敗を、我はすでに何度もしている。
なので、我は下がるしかない。いくら師匠といえど、物理法則を無視するわけではない。距離が開けば攻撃は届かない。
しかしこのまま下がり続ければ、負けは無いが勝ちもない。それに、これはあくまで修練の一環。修練で消極的でどうする。積極的にいかねばいつまでもなにも覚えられぬ。それに、これでも師匠はかなり手加減をしている。本気の師匠なら、我はとっくに切られているであろう。
「えっ♡ そんなところまで♡ そ、そんな♡ やめて♡ ダメ♡ おかしくなる♡ おかしくなるぅ♡」
「……」
「……」
我は一歩前に足を出し、師匠と全く同じ技を使う。魔王はかなりハイスペックなようで、一度見た技を完全に真似することなど造作もない。しかし同じ技を使えても、なぜか師匠には勝てぬのだが。
我が剣を振るった瞬間、すでに師匠は剣の先にはいなかった。避けたのである。素早く避けたのではない。動き自体はそれほど早くなかった。しかし、まるで我の攻撃を読んでいたかのように、攻撃が当たらぬギリギリの位置に移動していた。そして、反撃の刀が振るわれた。それは我の首筋でぴたりと止まる。
「ま、まいった」
「ふむ、まだまだですな。私の技は真似できても、使い方が分からぬように見えます。実戦経験が足りないからでしょうな」
「うむ」
「こればかりは実際に戦って経験を積むしかないでしょう。まだ続けますかな?」
「いや、今日のところはそろそろ切り上げよう。また時間が出来た時頼む」
「……仕方ありませんな」
「あまり嫌そうにしないでくれ。貴殿の技を我もどうしても使えるようになりたいのだ」
「魔王様には必要ないものかと思われますが。刀など使わなくとも、膨大な魔力を使えばどうとでもできるでしょう」
「使えても損はないだろう?」
「それはそうですが……」
「そんなに嫌か? 自身の技で、誰かが傷つくのは」
「ど、どうしてそこはしてくれないのっ♡ もどかしい♡ もうダメ、私おかしくなっちゃうううう♡」
「……」
さっきからエルの悲鳴が聞こえてくるせいで、あまりシリアスな会話ができる空気ではないな。一度、エルの様子を見に行くか……師匠の過去について、少し聞いてみたかったのだが……。
何故、師匠は人間の剣技を覚えたのか? 何故、使いもしないその技を磨き続けているのか?
ローナから聞いた話では、師匠はかつて人間に弟子入りしてその技を学んだそうだが……。そのあたりの事は、また今度聞いてみるか。今はエルの様子を見に行こう。
我は師匠との修行を切り上げ、ダンジョン内を移動し、エルが入れられている牢屋に向かった。
そこには汗やらなにやらの水分をたっぷりと吸い込んだぼろ布を着たエルが、床にぐったりと倒れ込んでいた。そして、そのそばには我の触手が。
実は我の触手は、分離もできるのだ。そして、自律行動までできる。ある程度命令を与えておくと、自分で考えて勝手に行動してくれる優れものだ。もちろん我の一部であるから、我の意に反する行動をとることもない。
我は触手にエルの事を任せ、今日は師匠と修行していたというわけだ。
我はこの触手に、いい感じにエルを凌辱する演技をしておくように命じておいた。といっても、本当にエルが嫌がったりするような事はけしてさせていない、はずだ。ただのマッサージのようなもののはずだが……。
今のエルの様子を見ると、自身がなくなってしまう。
エルは口を半開きにし、荒い呼吸をしながらよだれを垂らしている。目元には涙の跡が残り、うつろな瞳は何もない中空を見つめている。うーむ、エロい。
触手よ、やりすぎである。