無事に人間たちを町に送り届けたことで、ようやく一息つけた。これでやっと、我の本当にやりたいことに着手できる。
我のやりたいこと、それは平和な国を作るという事である。
やはり、魔族と人間が争っているのは問題だ。我は人間たちをあまり殺したくないし、もちろん人間たちに殺されたくもない。
しかし人間と魔族の争いを完全に消すことは難しい。前世でも、人間同士の人種や宗教、土地をめぐる争いは消えていなかった。同じ人間同士でも争いが絶えないというのに、種族が違えば争いは避けられん。
だが、自分の手元だけなら何とかなるかもしれん。我の領地はこのダンジョンだけだ。だから、このダンジョンに住む配下100体を平和に暮らせるようにする。これが今の我の目標である。この小さな領地ぐらい平和に出来んでどうする。我は魔王ぞ。
まず何故、人間と魔族が争っているのかを考えるべきだ。
人間という生き物は、自分たちと違うモノを恐れ、攻撃する生き物だ。肌の色が違うだの、信じてる宗教が違うだの、住んでる場所が違うだの。
そして自分たちが正義だと信じ込み、相手を悪だと決めつける。
今、人間から魔族は悪だと決めつけられている。だからこそ、人間は自らの正義を盲信し、いくらでも魔族にひどいことが出来てしまっている。
生きたまま毛皮を剥がれるとか、意味もなく拷問で痛めつけられるとか、ひどいもんだ。そういった話を毎日のように聞く。そうなれば当然魔族だって人間を憎む。
もっとも、魔族が正義だと言うつもりはない。魔族だって人間を無意味に攻撃し、土地を荒らし、財産を奪い、建物を壊している。どっちもどっちなのだ。
だからこそ、隔離だ。隔離が必要なのだ。お互いが出会えば、争いは避けられない。なので、まずは出会わないようにすべきなのだ。
そこで我が最初に着手するべきことは、農業だ。
基本的に魔族と人間は、別々の場所に住んでいる。なので、そのままそこで暮らしていれば出会うことはない。
しかし魔族は、時に人間の町を襲う。何故か? 腹が減っているからだ。だから人間を襲いに行く。
魔族だって別に、用もなく人間を襲ったりしない(たまに用もなく襲う奴もいるが)
人間は強い。種族の強さで言えば最強だ。個人の強さはそうでもないが、群れの人間は脅威である。その証拠に、この世界で一番繁栄しているのが人間だ。人間が最も数が多い。
その人間の町を襲えば多かれ少なかれ怪我をするし、場合によっては死ぬ。そんなことを用もなくする奴は馬鹿である。
つまりだ。魔族はちゃんと飯が食えて平和に暮らせれば、わざわざ人間の町を襲ったりしないのだ(一部を除く)そこで農業というわけである。
正直、魔族は人間よりちょっとだけ知能が足りていない。我慢するということができない。未来のために備蓄だとか、来年の為に食物を育てるとか、そういうことは誰もしないのだ。
腹が減ったら適当に魔物を狩り、魔物が居なければ人間を襲いに行ってしまう。
知能がちょっと足りない魔族の為に、我が安定した食料を用意しなくては。
ただまあ、我も農業について詳しくないのよな。前世は普通にサラリーマンだったし。
となると、人間の農家に聞いてみるしかないな。また町に潜入せねばならんか。
農業、教わるにしても年単位の時間がかかるな。かといって農家をさらうわけにもいかん。どうするか。とりあえず良さそうな農家がいるかどうか、まずは探してから考えよう。
そんなわけで我は再び近くの町に潜入した。いまだに町の入り口では検問をやっていたが、一度通った我はそれほど厳しいチェックは受けなかった。
しかし、やはり我の後をつけている人間がいるようだ。油断させて、我が本性を現すのを待っているのか? やはりまだ、町の中で自由行動とはいかぬようだな。慎重に行動しよう。
さて、農家を探すには野菜を売っている人間に尋ねるのが一番手っ取り早いだろう。農家から野菜を仕入れているのだから、農家の事には詳しいだろう。ついでに少し食べ物を買い足そうか。
我は野菜を買い込みながら、農家について聞いていく。
どうも、この町の農家はかなり困窮しているようであるな。納めなければならない年貢の量が多いらしい。それならば、好待遇を約束すれば引き抜けるかもしれん。問題は、どうやって引き抜くか? どうやって農家に支払う金銭を稼ぐのか? だが。
近くの酒場に入り浸っている農家がいるという情報を手に入れたので、我は直接農家に話を聞きに行くことにした。
酒場に入ると、さっそく情報通りの容姿の中年男が、テーブルに突っ伏しながら酒を飲んでいた。彼が話しに聞いた農家の一人に違いない。
「ここ、いいか?」
「ん? ああ、好きに座りな」
我は彼の前に座る。
「我にも彼と同じ飲み物を」
「はい、かしこまりました」
なかなか良さそうな居酒屋だ。店員の対応がいい。この世界の店は、ぶっきらぼうな対応をする店員も多いからな。前世の店員の対応を期待すると、けっこうびっくりすることが多い。だがここはいい店だ。少なくとも、店員の質はいい。
「ずいぶんやつれておるな。飲み過ぎではないのか?」
「へ、飲まなきゃやってられねえのさ」
そういいながら、酒を煽るように飲む中年の男。飲んでいるのは安酒のようだ。顔色は悪い。もう酒を飲むのはやめた方がいいだろう。
「……なにがあった?」
「娘が病に倒れてね」
「ほう、ならばこんなところで飲んだくれてないで、帰って看病したほうが良い」
「そりゃそうだ。だが、娘の顔を見るのが辛くて。おれぁ父親失格だ。娘の病も治してやれん」
「重い病気なのか?」
「それなりにな。だが、治せないわけじゃない。治せないわけじゃないんだ。治療費さえ払えれば、な」
「教会には?」
「行ったさ、もちろん行った。おれぁ死ぬまで働いて返すから、なんとか娘の病を治してくれませんかと懇願したさ。でもだめだった。門前払いだったよ」
金が払えず治せない病の娘、か。この世界に皆保険制度などないだろうから、病にかかると一大事なのかもしれんな。さて、我も少し治癒の魔法が使えるが……
「……その娘、我に診せてくれないか? もしかしたら、治せるかもしれん」
「っ!? あ、あんたまさか、治癒魔法が!?」
「少しだけな。本当に少しだけだ。診せてもらっても、期待には応えられんかもしれないが――」
「た、頼む! 僅かな可能性でも構わねえ! 診てやってくれないか!」
「わかった、行こう」