農業を始めるのに、どこの土地を使うのが都合が良いのか。我はふと、そういえばちょうどよい土地があったことを思い出した。
盗賊団が村にしていた場所だ。
あそこならある程度開拓進んでいるし、人が暮らせる条件も揃っている。都合が良いかもしれん。
あとは農地として適しているかだが、そこはノノカに見てもらおう。我は早速彼女を盗賊団の村の跡地に案内した。
「どうだ、ここでなら農業を始められそうか?」
「はい、なんとかなると思います。ちょっと荒れているんで、時間がかかりそうですが」
ふむ、盗賊を退治してからまだそれほど経ってはいないが、確かに荒れているな。人の手が入らなければ、土地というのはこんなにもすぐに荒れてしまうのか。あつちこっちに植物が生えている。
「ふむ、それなら我の臣下を貸そう。どのみちおぬし一人でここで作業するのは危険だ。魔物もそれなりに出るであろうからな。土地を耕し、守るならコイツが最適であろう」
我は背後の陰から、植木鉢を取り出した。そこには一本の植物が植えられている。
さて、こいつをどのあたりに植えようか。やはり、村の中心が良いか。
我は盗賊団跡地の大体真ん中あたりに、植木鉢から植物を取り出し、植えなおした。すると、植物は一気に大きくなる。
この植物が我の臣下の一人、モクさんだ。発声器官がないから意思疎通はなかなか難しいのだが、ちゃんと知恵のある魔族である。植物族というやつだ。
久しぶりの外が嬉しいのか、大喜びで大きくなった蔦を振り回している。それが当たった家がどんどん崩壊していく……ま、まあ、ノノカ一人に家がたくさんあっても仕方ないから、ちょうどいい。
「あ、あの、これ本当に大丈夫なんですか!?」
「う、うむ。温厚でおとなしい奴なのだが、ちとはしゃいでしまっているようだ」
仕方ないから、我が暴れまわる蔦を掴み、引っ張る。すると、悲鳴のような音が聞こえて、蔦は動かなくなった。やれやれ。
「モクさん、久しぶりの外が嬉しいのは分かるが、ちとおとなしくしてくれ。この子が怖がっているであろう」
モクさんは反省したようにうなだれた。
「モクさん、たのみがあるんだ。この子のこと、守ってやってくれないか」
モクさんはぶんぶんと蔦を振り、了承の意を示している。ふう、これなら安心だな。
「あと、土地を耕すのを手伝ってくれ。このあたりに畑を作るつもりなのだ」
よし、畑はノノカとモクさんに任せて、次に着手しよう。次は肉だ。魔族は肉が大好きだからな。畑で取れる植物だけでは、魔族は満足させられぬ。
さて、肉を用意すると言っても、まずは何から手をつければいいのやら。牛、鳥、豚あたりを育てれば良いのだとは思うが、そのあたりの知識は我にはない。
そもそも、我の知っている鶏肉や豚肉、牛肉がこの世界にあるのか?
人間の町には肉を焼いた料理があったが、あれは何肉だったのやら。まさか魔物肉だったのか?
なにもわからん。また詳しい人間を連れてこなければならんか?
とりあず、そのあたりのことをローナが知っているかどうか聞いてみるか。我は早速ローナの部屋を訪ねた。
「ローナ、人間の家畜について知りたいのだが」
「あら魔王様、ローナに御用ですか? 妹なら先ほどでかけましたが」
ローナの部屋には、別の女がいた。ローナの姉、ルーナである。彼女もまた、我に忠誠を誓っている臣下の一人だ。褐色の肌を惜しげもなく晒した銀の髪の妖艶な美女だ。僅かに肌を覆っている黒いレザーのような衣服のようなものが、肌にぴったりと張り付いている(張り付いているのか、実際には肌そのものがそういう柄なのかはわからん)。そして黒い角と細い尻尾を生やした、いかにも淫魔らしい淫魔だ。
「それにしても家畜ですか。それならば、ローナよりもわたくしの方が詳しくてよ」
「ほう」
「実はわたくし、家畜を飼っていますの。魔王様にご紹介しますわ」
家畜の事は人間に聞かねばならんと思い込んでいたが、まさか魔族にも家畜を飼っている者がいるとは! これはありがたい。ルーナが家畜のところまで案内してくれるというので、この場を移動することに。
そしてたどり着いたのはルーナの個室である。
「ここにいるのか?」
「ええ、さ、どうぞ魔王様」
ルーナに促され、部屋に入るとそこに居たのは――に、にんげん!?
天井から垂れさがる赤いロープに拘束されている、小太りの男。
「る、ルーナよ。家畜とはもしやこやつのことか?」
「ええ、わたくしの飼っている豚ですわ。鞭で叩くととっても喜びますの。ほら、泣きなさい!」
そういって、部屋の片隅に置いてあった鞭で人間をしばくルーナ。
「ぶ、ぶひー!」
「ね?」
……な、なるほど? 魔族のいう家畜って、人間のことか。
それにしてもこの人間、鞭でばしばし叩かれているというのに微笑んでいやがる。ま、マジで喜んでいるのか?
ドMというやつか……? 苦しんでいるようなら解放しようと思ったのだが……。
「いや、我は家畜の人間が知りたいのではなくて、人間の家畜について知りたかったのだが」
「あら、そうなんですの? わたくしったら早とちりしてしまいました。でも、それでも問題ありません。この豚、実は畜産業を営んでいるのですわ。そうよね、豚?」
「ぶ、ぶひー」
「豚が豚を飼うなんて、最初はどんなギャグかと思いましたわ」
……魔族に飼われる畜産業者、か。
ちょっと、いや、かなり心配だが、試すだけなら問題はない、か?
「ルーナよ、その豚? と協力して畜産業をやつてみてくれないか?」
「わたくしでよければ、必ず魔王様のご期待に応えて見せますわ」
ううーん、本当に大丈夫か?