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第16話 クラリス

そんな中でクラリス様がワイングラスを手に持って私に近付いて来た。


「ダンス拝見致しました。とても素晴らしかったですわ。初めてとは思えないくらいに」


「いえ、そんなことはありません。クライド様にリードして頂いただけです」

「例えそうだとしても本当に素敵でした」


にこやかにクラリス様は微笑む。

その笑顔はまるで天使のような笑顔だ。


「アリス様。これをどうぞ。滅多に収穫出来ない貴重な葡萄で作られたワインでとても美味しいですのよ」

「有難うございます」


私は彼女からワイングラスを受け取ろうとした。

一瞬、彼女の唇がニヤリと歪んだ気がした。


彼女はワイングラスから手を離してしまい、急に私は腕を捕まれ、身体ごと後ろの方に引かれた。


パリン!


床にワイングラスが砕け散った。

「大丈夫か?」

耳元で声がし、振り向くとクライド様の顔が近くにあった。


(!?)


「…はい。有難うございます…」


咄嗟にクライド様は私が怪我をしないように助けてくれたのだろう。

それは有難いのだが、顔が近い!!


私は彼の顔を直視出来ず、思わず離れてしまう。

「私は平気ですので…」


「ごめんなさい。アリス様。私が急に手を離してしまったから…。ワインは掛からなかったですか?」


ドレスを見る限りドレスは無事だった。

私は彼女に答える。

「このとおり大丈夫です。お気になさらないで下さい」

「アリス様はお優しい方ですね。一国の王女である私に気を使って頂けるなんて」


クラリス様の言葉に周囲はざわめいた。

王女相手に言葉を選ばずに発言をすることは王族にとって不敬に値することかもしれない。

私は内心後悔してしまう。

言葉に気をつけなければならなかった。


クライド様はため息をつき、腕を組んだまま冷たい双眸でクラリス様に視線を向けた。


「王女なんて関係ない。今のはお前の不注意だろ。王族、貴族など関係ない。王女だからと言って奢るな。つまらん奴だ」

「~~~~!!」


クライド様の言葉にクラリス様は顔を真っ赤にして羞恥心を露わにしていた。


「私はただ…」


クラリス様の言葉を無視してクライド様は近くにいた侍女に命令をする。

「おい、お前ここを片付けておけ」

「承知致しました」


クラリス様は無言で私を睨みつけていた。

それは明らかなる女の嫉妬。


(もしかしてクラリス様は……)


そんなことを考えていると急に私の身体が突然クライド様に抱き抱えられた。

「!」

驚く私を他所にクライド様は一言告げる。


「私達はこれで失礼する」


「あ、あのクライド様…!」

「お前は大人しくしていろ」


困惑し、戸惑う私にクライド様は私に静かに言う。

彼に抱き抱えられる私の姿を見て貴族達は口々に言った。


「国王陛下があのようなことをなされるとは…」

「婚約者様の為にお怒りになられるお姿初めて見たわ…。余程、婚約者様が大事なのよ」

「あの王の心を掴むとは……」


(随分な言いようね…)


でもそれだけ彼が私に関心があり、周囲は私が彼から溺愛をされているのが分かってしまう程だった。


だけど一つ気がかりなのは王女のこと。

彼女の言葉の端々に敵意が感じられ、決定的なことといえば先程のワイングラスの件だ。

先程はクライド様が助けてくれたのだが、もしあれがわざとだとしたら……


(彼女には気をつけておいた方が良いかもしれない……)


会場を出て誰もいない廊下を私を抱き抱えながら歩くクライド様に私は訴えた。


「あの…そろそろ下ろして頂けませんか?」


会場内でも恥ずかしかったのに部屋までこのままだと流石に羞恥心でいたたまれない。

クライド様は私の言葉に応じてそっとその場に下ろした。


「私はこのままでも良かったのだが…」

「それはご遠慮させて下さい…。恥ずかしいので…」


私は気恥しさを隠し、クライド様から視線を逸らした。

窓から差し込む月明かりが私達を照らす。

暫く沈黙が続いたあと、私は彼に言った。


「クライド様。先程は助けて頂きまして有難う御座います」

「妻を助けるのは当然のことだ」


彼は私を見つめて当然のように言った。

(まだ妻ではないのだけど…)


でもこれは彼なりの不器用な優しさなのだろう。

私が困っているといつも助けてくれる。

彼から大事にされている自覚はある。

だからこそ心が少しでも揺れてしまうのかもしれない……。


「アリス…。クラリスには気をつけろ」

「王女様にですか…」


「奴は昔から欲しいものがあれば何でも手に入れようとする女だ。今までは面倒だから目をつむってきてやったがお前に危害を加えるとなると話は別だ」


まさか、私に害をなそうとしたら国外追放にする気ではないだろうか…。

仮にも一国の王女で妹なのに。

もし、そうなればこの国でクライド様の評判は悪くなってしまう。

それだけは避けなければ……。


「私大丈夫ですので」


私は彼を安心させる為に出来るだけ穏やかな表情で言った。


「お前がそう言うのなら分かった」


良かった。

分かってくれた。

胸を撫で下ろした瞬間、クライド様は一瞬クラリス様に対して冷酷な表情をする。


「私の妻に何かした場合、あの女ただではすませない…」


(全然分かってくれてない!この人!?)


私は内心思わず突っ込んだ。


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