夜会の会場にいたクラリスは酷い苛立ちを感じていた。
(どうして、どうして、私があの地味な女のせいで恥を欠かされなければならなあのよ!)
クラリスは今まで天使のような外見の美しさを持ち、可愛らしくあざとく振る舞えば何でも欲しいものは手に入れられた。
ドレスもアクセサリーも男も全ては自分の意のまま、手に入らないものなんてこの世には一つもなかった。
クラリスの母親は元伯爵令嬢であり、クライドの母親が病死した後にクラリスの母親と全国王は再婚した。
幼い頃から義理の兄であるクライドにクラリスは憧れを抱いていた。
この世でもっとも美しい容姿を持ち、王政、剣術全てに置いて完璧さを持つクライド。
クラリスが彼に惹かれるようになるには時間は掛からなかった。
クライドは人に興味が無く、いくら自分が彼に甘えてアプローチしても無視される。
焼きもちを妬かせるためにわざと彼の前で他の男を誘惑したがそれさえも途方に終えてしまった。
クラリスはクライドのことを諦めていなかった。
自分に靡かない義理の兄。
絶対に自分のものにする。
そう思っていた。
なのに……。
自分より劣っている地味で没落貴族がどうして彼に選ばれる。
(あんな女なんかより私の方がお兄様に相応しいのに…)
クラリスはクライドのアリスに対する優しい表情を初めて目にした。
まるで大切な宝石を扱うような目。
あんな顔一度も見たことがなかった。
どうして自分ではないのか。
何故あの女なのか。
クラリスはそれが許せず、嫉妬に身を焦がす。
絶対にアリスを王妃になんてさせない。
王妃になるのはこの私。
クラリス·パシヴァール。
(絶対にあの女を婚約者の座から引きずり下ろし、この国から追い出してやる!)
クラリスはそう強い決意を胸にアリスに憎しみの炎を燃やした。
****
数日後。
アリスは城内にある書庫に向かっていた。
城の中には王立図書館程の広さとまではいかないが様々な本、文献が収納されている書庫が存在する。
アリスは時間がある時は良くそこで本を借り、自室で読んでいた。
(次はどの本を読もうかしら…)
勉強や教養の息抜きとして始めた読書だったが思いのほか面白い本が多く、またカミラが進めてくれたロマンスファンタジーにアリスもハマっていた。
「これは婚約者様」
「ごきげんよう。カトラリシア伯爵様」
私はカトラリシア伯爵様にカテーシーをして挨拶をした。
「用事できたのですが、まさか婚約者様に会えるなんて今日は運が良いですな」
「いえ…そんな……」
彼は伯爵で国の資産家としても有名な方だ。
厳格で厳しく、特に民や孤児を嫌っている。
貴族として常に自分が優位に立ちたい思想の持ち主。
以前クライド様の婚約者が私に決まるまでは自分の娘達を彼に進めていたのだとカミラから聞いたことがある。
自分の娘を王家に嫁がせて利益を得たい。
欲深い男なのだろう。
だからこそ、私が正式にクライド様の婚約者として発表されるまで私と顔を合わせても挨拶すらしなかったのに。
婚約が発表された途端この変わりよう…。
呆れてしまう。
「そういえば、婚約者様…いえ、アリス様に似合いそうなアクセサリーを見つけたのです。それは隣国で珍しいと言われているアメジストのアミュレットでして、お近付きにプレゼントさせて頂きたいのですが……」
「私のような者がそのような高価な物を頂く訳にはいきません。お気持ちだけで結構ですので…」
「まぁ、そうおしゃらずに…」
遠慮する私にカトラシア伯爵は笑顔で私に言う。
王妃になるかもしれない私に今のうちに恩を売っておきたいつもりなのだろう。
魂胆が見え見えだ。
(それに最近他の貴族達からも同じようなことをされているし…)
しかし、どうやってその場を収めよう。
私はカトラシア伯爵をチラッと見る。
彼はニコニコとした笑みを浮かべて手をすりすりとしているが、きっと何を言っても聞き入れてくれない。
そんな気がする……。
困り果てたそんな時。
「失礼します」
突然、ヨルが私に声を掛けて来た。
「アリス様。大臣がお呼びです」
「有難う」