私はヨルに答えて、カトラシア伯爵に挨拶をしてその場を後にしようとした。
「伯爵様。大変申し訳ございませんが私はこれで…」
「アリス様…」
カトラシア伯爵は手を伸ばし、私を引き留めようとしたがヨルが鋭い目で彼を睨んだ。
「彼女に何か?」
ヨルの気迫に押されてしまいカトラシア伯爵はぐっと押し黙った。
「あ…アリス様。もしご興味がありましたら、是非いつでも言って下さい。ご用意させますので…。では、私はこれで……」
彼はそう言ってそそくさとその場から逃げるように去って行った。
「ヨル。大臣は何処にいるの?」
「あんなの嘘に決まってるだろ。ああでも言わねーと、あのおっさんお前に擦り寄る気満々だったしな」
「有難う。お陰で助かったわ」
私は素直に彼にお礼を言う。
そんな私にヨルは優しく頭をぽんと置いた。
「別に礼を言われるようなことじゃねーし」
彼の気がけない言葉に私は思わず胸がドキリとした。
「ところで、お前は護衛騎士はいるのか?」
「護衛騎士?」
「まさかいないのか!」
「ええ。いつも城の中にいる時はカミラも一緒にいてくれるし、それに出掛ける時は騎士だって護衛してくれるから…」
ヨルは顔を被って「マジか…」と呟いた。
どうしてこんな態度をするのだろう。
別に危険なんてことはないのに…
「分かっていたけど…。お前危機感無さすぎ…」
ヨルは私にずいっと顔を近づけ、説教をするように言った。
「良いか。国王陛下の婚約者…つまり王妃は陛下の次に命を狙われる存在なんだよ。発言力が陛下の次にある重要人物…。つまりお前が不慮の事故でなくなった場合、王妃の席が空く。そしたら他の令嬢達は我先に王妃の椅子を欲しがるだろう」
「でも、ただの婚約者なのに…。それだけで命を狙われるだなんて…」
「ただの婚約者じゃない。未来の王妃だ」
ヨルは真面目な顔で話をする。
「数日前の夜会で陛下はお前への寵愛を貴族連中に示して見せた。それはお前が陛下に愛されていると同時に未来の王妃になるという意味を表している」
「……………」
「だからさっきみたいに馬鹿な貴族がお前に取り入ろうと必死になってるんだよ」
ヨルは頭をガリガリと掻き、面倒くさそうに言った。
「そっか…だから…」
「だが、お前を渡すつもりはないけどな…」
「何か言った?」
私は彼が何か言った言葉を聞き取れず、彼に問う。彼は平然とした顔をして「何でもねーよ」と答えた。
(護衛騎士…。確かに必要かもしれない。でもどうやってクライド様に話そう…)
護衛騎士の件はクライド様は承認してくれるかと思う。
だけど自分から話すのは何故だか気が引けてしまう…。
そんな私の心を見透かしてかヨルは気楽に言った。
「この件は俺から陛下に話しとくよ」
「でも良いの?ヨルも忙しいのに…」
「別に話すくらい大したことじゃねーし」
私を気遣うヨルの言葉に嬉しくなり、私は彼にお礼を言った。
「有難う」
「そ、それよりお前何処か行くんじゃなかったのか?」
照れたように誤魔化すヨルに私は手に持っていた本を見せた。
「これを返しに書庫に行くの」
「なら、付き合うよ」
「大丈夫よ。書庫は近くだし、一人でも行けるから」
遠慮する私にヨルは呆れながら言った。
「いま言ったばっかだろ。お前は「ならお願い」と言って甘えれば良いんだよ」
「うん。ならお願い」
「それで良い」
相変わらずな彼にクスッと笑い、お願いをする私に彼は満足気に笑った。
そして。
私とヨルの二人は書庫に向かったのだった。