一人取り残されたクラリスは強い苛立ちを感じ、近くにあった小さな小ぶりの花瓶を乱暴に床に叩きつけた。
ガッシャン。
「どうして上手くいかないのよ!!」
クラリスの中で苛立ちが募る。
夜会でも感じてはいたがクライドはアリスを溺愛している。
溺愛どころか、もしかしたら執着に強い恋慕なのかもしれない。
自分の従者を彼女に付ける程だ。
彼がどれだけ彼女を大切に思っているのか一目瞭然だ。
邪魔なヨルがクライドから離れさえすればクライドにアプローチ出来ると思っていた。
だが彼はより一層に冷たくなった。
それはまるで他の男を彼女に近づけたくないが、近づけてしまったことに対しての嫉妬。
「許さない…」
クラリスはギリッとする。
自分は天使のように美しいと言われている。
周囲もクラリスを敬って大切にする。
なのに……。
(どうして、何故、この私がこんな惨めな思いをしなければならないの…!!)
クラリスは両手で頭を掻き、嫉妬で醜く顔を歪ませる。
「あの女の思い通りになんてさせない!あの女をお兄様の婚約者の座から引きずり下ろしてやる!!」
彼女はアリスに対する嫉妬の炎を燃やす。
そこには天使と言われた王女の顔はなく、本当の醜い彼女の姿。
欲しいものは全て手に入れる。
どんな汚いことをしてでも。
それがクラリス·パシヴァールの本当の顔だった。
****
ヨルが護衛騎士になって数日が過ぎ去った。
最初は戸惑いもあったが、彼は普段通りで私もいつの間にか気にならなくなってしまった。
それよりも妃教育が多忙だったということもあったが。
(妃教育も昨日で終わったし、今日は少しゆっくり出来るかも…)
私はソファに座ってカミラが淹れてくれた紅茶を飲む。
「美味しい…」
私はほっと息を吐く。
カミラが淹れてくれた紅茶は格別だ。
「カミラ有難う。あなたが淹れてくれる紅茶は毎日格別に美味しいわ」
「恐れ入ります」
私にカミラは丁寧に頭を下げた。
「しかし、アリス様は素晴らしいお方ですね。半年、または一年掛かるとされている妃教育を最短で終わらされてしまうとは…」
「そんなことないよ。私の場合は先生が教えるのが上手だっただけだから」
私は謙虚な態度でカミラに笑って答える。
実際にそうだった。
私の教育係の教師達は全員優秀で短期間で私に教育を施した。
まぁ、それなりにスパルタだったが…。
そのお陰で私は教養を身につけることが出来た。
「アリス様。これを…」
カミラは私に一通の手紙を差し出した。
誰からだろう?
(もしかして、他の令嬢達からのお茶会のお誘いなのかしら…)
夜会の一件以来、私の元に貴族令嬢達からお茶会、パーティーの誘いの手紙を受け取っていた。
他の貴族達と同様、彼女達も国王陛下の婚約者である私との繋がりが欲しい為なのだろう。
ヨルの言ったとおり貴族とは少々面倒なのかもしれない。
「これってクラリス様から…」
封筒の差出人を見てみるとそこにはクラリス様の名前が記載されてあった。
彼女は前回夜会の時にクライド様から注意を受け手公衆の面前で恥をかいた。
さらに彼女は私のことを嫌っていたはず…。
それがどうして…?
訝しむように私は封筒を開けて手紙を読んだ。
手紙の内容はこの前の夜会で私に対する非礼を詫びるものと明日の夜に行われるクラリス様主催のパーティーの誘いの招待状だった。
(怪しい……)
明らかに怪しさが漂う招待状だ。
クラリス様の性格からしてパーティーで私に何か罠を張るつもりかもしれない。
罠と分かっていて自ら飛び込むとは馬鹿げている。
だけど……
(誘いを断るときっと角が立つわよね…)
王族から誘いを受けたのならば貴族は参加しなければならない。
私はクライド様の婚約者だが彼に相談すれば彼女の誘いを断ることは可能かもしれない。
しかし、そうすると別の手に彼女は出て来る可能性が高い。
私は暫く悩んだ末に苦渋の決断をした。
「カミラ。便箋を持ってきて貰える?クラリス様にお返事を出したいから」
「まさかパーティーにご参加されるのですか!」
「ええ。王女様からのお誘いだもの。断れないわ」
私は苦笑いを浮かべながらカミラに言った。
「アリス様…」