カミラは切なそうな顔で私を見た後、私の肩をガシッと掴んで気合いを入れた顔をして言った。
「では、この私がアリス様をパーティーの主役の如く美しく仕上げてみせます!」
「で、でも…主催は王女様だから…」
遠慮気味に言う私にカミラはハッキリと言った。
「私、あの王女様苦手なんですよね…。我儘で計算高くて…」
「そんなこと私の前で言っても大丈夫なの…?」
「大丈夫ですよ。アリス様はあの王女とは違って口が堅い方なので」
にっこりと微笑むカミラに私は内心ため息をついた。
これは信用して貰っていると受け取っても良いのだろうか…。
「なので私にお任せ下さい」
「分かったわ」
私は彼女に小さく頷いた。
****
「断れ」
暫くして。
私のスケジュールを聞いたヨルが開門一番に呆れた表情をして私にそう言った。
今私と彼がいるのは私の自室でカミラは別の仕事があって席を離れている。
私とヨルの二人だけだ。
「お前に謝罪とか罠に決まってるだろ。あの我儘王女が絶対にお前に謝ることはねぇ。それはこの俺が良く知ってる」
「あの王女様と何かあったの?」
そう訊ねる私にヨルは心底面倒くさそうに言った。
「色々とな…。とにかく。お前が思っている以上に面倒な女なんだよ。悪いことは言わねぇから断れ」
「駄目よ。私が参加しないと社交界で要らぬ噂が立てられるかもしれないでしょう?私だけなら別に良いけど…。国王陛下は婚約者の我儘を容易しているなんて言われたらクライド様も悪く言われてしまう。そんなのは嫌だもの…」
「陛下はそんなの気にしないと思うぜ。そんな命知らずなこと言う輩がいたら目で射殺しそうだけどな」
平然とした口調で言うヨルに私は確かに…と納得した。
クライド様は気にしないかもしれない。
だけど、それでも他人から彼が悪く言われるのは我慢ならなかった。
私はヨルの目を見てはっきりと告げた。
「だから私は参加するわ」
ヨルは短くため息をついた。
「分かったよ。お前頑固だもんな」
呆れたように、だけど仕方ないと言った表情を浮かべるヨルの言葉に私はほっとした。
「有難う」
「でもパーティーでは俺の傍を離れるなよ。あの女何か企んでいるかもしれないからな…」
「気をつけるわ」
真剣に話すヨルに私は緊張した面持ちでそう答えた。
****
翌日の夜。
私はヨルと二人馬車でパーティー会場に向い、たどり着いた。
そこは王都の中でも一際大きい建物で、パーティーに参加予定である貴族達が中に入って行く姿が見えた。
夜会の時も煌びやかで豪華なものだったが、この建物も負けてないのだろうと感じた。
「行くぞ」
「ええ…」
ヨルから差し出された手を取り、私は会場の中へと足を踏み入れた。
ヨルからパーティーの件はクライド様にも報告したらしい…。
彼から私に対する言葉はなかった。
ヨルが傍に付いているから安心なのだと思ったのかもしれない。
会場の中はシンプルだが上品な作りになっており、一階はホールで二階は寝泊まりが可能となっていた。
パーティー会場となっている一階のホールに行くと大勢の貴族、豪華な料理、上品な調度品や美しい花が飾られていた。
前回の夜会と比べたら比率的に令嬢が多く、また若い男性がいた。
(クラリス様が主催と聞いていたけれど、内装に花が多いのはクラリス様の趣味かしら…)
美しく綺麗な花が所々に飾られている。
だけどどれも派手なものばかりだ。
「アリス様~~!!」
クラリス様は私の姿に気づくと私に近寄って来た。
「参加して頂きまして、とても嬉しいわ!」
「クラリス様。今日はお招き頂きまして誠に有難うございます」
頭を下げて彼女にお礼を言う私にクラリス様は私の手を取って、瞳を潤ませながら言った。
「アリス様。夜会での御無礼申し訳ございません…。私ずっとアリス様に謝りたかったのです。このパーティーも少しでもアリス様と仲良くなれたらと思ってお誘いした…」
「そうだったのですか…」
正直私は彼女に対してあの夜会での一件での恨みはない。
もう終わったことだ。
それにこんな態度を向けられると相手が男性ならばきっと許してしまうだろう。
だけど警戒心を崩してはならない。
今でも忘れられない。
あの夜会で私を睨む彼女の姿は本気で私を憎んでいる。そう感じてしまう程の憎しみに染まった顔をしていた。
「クラリス様。お気になさらないで下さい。もう過ぎたことですので…」
「有難うございます。なんて心が広いのかしらアリス様は…」
私の言葉にアリス様は嬉しそうな表情をした。
彼女は初めてヨルの存在に気づいた。
ずっと私の後ろに控えていた筈なのだが、きっと周りが見えていなかったのだろう。
「あら?こんばんはヨル様。お兄様の従者はクビになって今度はアリス様の護衛騎士になったとか…」
「ご機嫌麗しゅう王女様。あなたのお兄様のご命令でお兄様の婚約者様の護衛騎士をやっているのですよ。私のことが気に入らないのでありたしたらお兄様に直接お話をされては如何ですか?」
クラリス様とヨルの二人は笑顔で挨拶を交わしているが目が笑ってない。
両者ともバチバチだ。
(クラリス様を煽ってどうするのよ…)
穏便に過ごしたい私を他所にヨルはクラリス様の嫌味に対して対抗している。
二人の関係は険悪みたいだ。
「アリス様。向こうでお話をしましょう」
クラリス様は私の腕に引っ付き、私を会場の奥に連れて行く。
「あ、あの…」
戸惑う私を無視して私達の後を着いて来るヨルにクラリス様はにっこりと告げる。
「向こうで令嬢だけで談笑をしますの。男性はご遠慮して下さる?」
「…承知致しました…」
王女からそう言われてしまえば従者は応じるしかない。
ヨルはクラリス様にそう答えるしかなかった。
「さぁ、行きましょう。アリス様」
私は強引にクラリス様に連れて行かれたのだった。