「んっ…」
肌寒さを感じて私は目を覚ました。
見知らぬ天井が目に飛び込み、ふかふかのベッドの中で私はいた。
「何これ…?」
困惑しながら私は自分がドレスを着ていないことに気づく。
裸体にシーツだけの状態。
さらに隣を見ると顔が整った金髪の20代の青年が裸で私の隣で眠っていた。
(一体何がどうなっているの…!?)
ベッドの下には脱ぎ散らかされた衣類の数々。
それだけ見たら私と彼が一夜の過ちを犯した事実を物語っていた。
頭が混乱して理解が追いつかない。
確か私は侍女に渡されたカクテルを飲んだ後、意識がなくなって倒れたはず…。
それがどうしてこんなことになっているのだ…?
(私…もしかして本当にこの人と…)
自分の中で血の気がサァーと引いていくのが分かってしまう。
純血を見知らぬ男性に捧げてしまったのだろうか。
今の自分には記憶がない。
それが本当に捧げたのか、そうでは無いのか。
突然、身体が後ろに引かれ、気づくと寝ているはずの金髪の青年から押し倒されていた。
「!?」
「目が覚めたのだね。フィールド嬢」
「あなたは…」
「俺はアンダーローズ公爵家の令息レオン。パーティーで倒れたきみを介抱していたんだ。だけど俺がきみに一目惚れしてきみが欲しくなった。だからさっさと俺のものにしてしまおうと思ってね」
「私の意思とは関係なく…こんなことを…」
レオンを信じられないという目で見る私に彼は笑いながら軽く言った。
「おいおい、きみだって乗り気だったぞ。色っぽく俺を誘ったじゃないか」
「じゃあ、私はあなたと……」
気持ちが追いつかず、感情がぐちゃぐちゃになる。
レオンの言うとおり私は彼に迫ったのだろうか。
純潔を守り抜くことに強い拘りがあった訳では無い。
フィールド家にいた頃、政略結婚をさせられるならばいつかはそういうこともあると頭の隅で理解はしていた。
だけど脳裏にふっと冷血で不器用な彼の顔が浮かんだ。
純潔を失ったと知れば彼はどんな顔をするのだろう…。
こんなかたちで奪われたくはなかった。
胸のうちから悲しさと虚しさが押し寄せてくる。
「そんな顔するなよ。まだきみは俺のものになっていない。寝ている女を自分のものにするつまらない趣味は無いからな。だって反応が無いと面白くないだろう」
レオンは私に顔を近づけ、手で頬を撫でる。
そして下卑た表情を浮かべた。
「今からきみを俺のものにする。泣く女を俺のものにする快感は堪らなく気持ちいいからな」
「嫌よ!離して!?」
私は必死でレオンから逃れよう抵抗するが、レオンは私の両手を押さえていた。
「さて、始めようか」
レオンは私の首筋に顔を埋めた。
首にぬるとしたレオンの舌の感覚がし、身体がゾクッとした。
「やめ…────」
「アリス!?」
バン!
勢い良くドアが開かれた。
そこにはヨルとクライド様の姿があった。
レオンはクライド様の姿を見て血の気が引くような顔をして呟く。
「嘘だろう…。あの女…誰も来ねぇって言ったじゃねーかよ……」
クライド様は私の方に視線を向ける。
私は彼の視線から逃れるように視線を背けた。
こんなところ二人に見られたくなかった。
それにこの状況は婚約者である私が彼を裏切ったのだと勘違いされても不思議では無い。
クライド様に何か話そうとするが思うように声が出ない。
クライド様は何も言わず無言で私に近づく。
不貞行為で誤解をされたまま彼に処罰を下されるかもしれない…。
その前に私は彼の心を傷つけてしまったかもと言う自責の念が強かった。
クライド様の顔が見れずに俯く私に彼は自分の上着を私の肩に掛けてくれた。
「えっ?」
私は思わず顔を上げた。
(どうして……)
「こ、この女が俺を惑わせたのです。そうだ!俺は悪くない。悪いのはこの女なんですよ!」
「違っ…!」
レオンは自分の身可愛さに罪を私に擦り付けようとした。
それを見たヨルは強い苛立ちを顕にしてレオンの胸ぐらを乱暴に掴む。
「おい、寝言も寝て言えよ。アリスがテメェごときを相手にするわけねぇだろ!」
「く…苦し…離してくれ…」
ヨルはいつの間にか貴族相手だと言うのに言葉が素に戻り、怒りに任せて力を強める。
ギリッと更にレオンの首が締まった。
「ヨル。離せ」
凍てつくような静かな声音でクライド様はヨルに短く告げる。
ヨルは渋々クライド様の命令に従い、レオンを解放する。
「あ、有難うございます!陛下」
「勘違いするな。お前の処遇は追って連絡する。恐怖に震えて待つが良い」
「あっ……」
レオンは生気を失った顔で膝から崩れ落ちた。
クライド様は再び私の元に来て、そのまま私を抱き抱えた。
「!?」
私の今の格好は身体をシーツで隠し、クライド様の上着を羽織っている状態だ。
彼は冷静な表情でヨルに指示を出す。
「ヨル。アリスに服を用意しろ」
「承知致しました」
クライド様は私を抱き抱えたまま廊下を歩く。
沈黙が続く。
沈黙に耐え切れず私は彼に訊ねた。
「何故…クライド様は私が彼とその…何も無かったのだと思われたのですか?」
胸の中で緊張感が募っていく。
クライド様とヨルの二人は私を疑うことはなく、私を信じてくれた。
疑われても仕方がないあの状況の中で。
「お前があのようなことをするはずが無い。私が知っているお前は真面目で努力家。そのような女だ」
「…………ッ」
彼の言葉に私は嬉しさが込み上げた。
冷たいように見えて私を見てくれていたのだと。
そう思えた。
「ありがとうございます…」
今の私には彼にそう言うのが精一杯だった。
そんな私にクライド様はふっと笑って言った。
「お前にも仕置が必要だな」