彼は忌々しそうにため息をつく。
先日アリスを襲ったのはアンダーローズ侯爵家の長男のレオン·アンダーローズ。
彼は女癖が悪く、夜会や仮面舞踏会で甘い言葉で女性を誘い出して一夜の過ちを楽しんでいた。
特にその中で気に入る令嬢がいれば身体の関係を求めて脅す。
相手の令嬢は自分が傷ものになってしまえば、悪い噂が流れてしまい、結婚が出来なくなってしまう恐れがある。
だから彼に大人しく従わなければならない。
調べさせたところ彼はクラリスにパーティーに招待をされて参加していた。
考えなくても明確で分かりやすい。
これはクラリスの仕業だ。
クラリスはアリスのことを嫌っていた。
夜会の時、彼女はアリスに恥をかかせる為にアリスのドレスにわざとワインを掛けようとした。
国王であるクライドとその婚約者であるアリスのダンスが控えているにも関わらずにだ。
あの時はクライドがアリスを守ったことで大事には至らなかった。
だからなのだろう…。
彼女はアリスを他の男を使って襲おうとした。
アリスを婚約者の座から引きずり下ろす為に。
(馬鹿げた奴だ…。彼女が傷モノになったとしても私が手放すことは無い…)
クライドにとってアリスは純粋無垢で大切な存在だ。
腹黒い妹と違って。
「一度警告した方が良いみたいだ。自分の立場を分からせないとな」
クライドは手にした書類を机の上に置いた。
暫くしてコンコンとドアをノックする音がした。
「入れ」
部屋の中に入って来たのは妹のクラリスだった。
「失礼します。お兄様」
「何の用だ?」
クライドは自分の妹に冷たい声で静かに告げる。
「アリス様が男性に襲われたと聞いて心配で来ましたの。アリス様に会いに行ったのですが部屋から出て来られないとのことでしたので…。アリス様は大丈夫でしょうか?」
「お前には関係が無いことだ」
突き放すように言うクライドに対してクラリスは心配した表情で彼に強く言い返した。
「そんなことありません!私が主催したパーティーであのようなことがあったのですよ!」
「……………」
冷たく見るクライドに対してクラリスは彼に近づき、彼の腕にそっと手で触れながら言った。
「お兄様…。アリス様のことはもう諦めた方が良いかもしれません……」
悲しげに言うクラリスにクライドはピクっと眉を僅かに上げた。
「もし、他の男性に襲われてしまったとなれば王妃としては難しいでしょう…。良くても側室として迎え入れるしか出来なくなります。だったらいっそのこと彼女のことを諦めた方がお互いのためです。きっとアリス様もお辛いでしょうから……」
「随分と知ったような口を聞くんだな」
「でもお兄様。アリス様のお気持ちを考えて下さい。お兄様がいくらアリス様を想っていても貴族、民達からの目があります。アリス様を大切に想っているのなら身を引くのが1番です」
「言いたいことはそれだけか?」
妹に対してクライドは冷徹な視線を向けた。
それは戦争で冷酷王と呼ばれた目そのもの。
初めてクライドから完全なる敵意を向けられたクラリスは身体の全身がビクッと震えた。
「私の妻はアリスだけだ」
「で、ですから、アリス様は…」
クラリスは僅かに怯みながらもクライドに言う。
他の者ならクライドに恐れを成して口をつぐんでしまうはずなのに、妹の自分は彼に殺されないだろうと思ってのことだった。
「彼女は傷モノにはなっていない。私が助け出したのだからな」
「えっ…」
クライドの言葉にクラリスは驚いた表情をした。
クライドはクラリスに近づき、低い声音と冷酷な表情でクラリスを見た。
「お前の考えは全て分かっている。以前にも警告したがもう一度伝える。アリスに何かしたら今度こそ承知しない」
「私がアリス様に危害を加えるなんて、そんな酷いことするはずないじゃないですか!」
誤魔化すクラリスにクライドは射抜くような視線で彼女に言う。
「一度しか言わない。分かったか」
クライドに問われてクラリスの顔色が僅かに悔しさで歪む。
「……………ッ」
「以上だ。ここから立ち去れ」
「……失礼しました」
クラリスは静かにその場から踵を返し、部屋から出て行った。
一人になったクライドは溜息をついた。
おそらくあの様子では彼女は自分の警告を聞き入れないだろう。
警告はした。
今度こそアリスに危害を加えたらいくら王女だと言っても処分は下す。
クラリスを処分すればクラリスが懇意にしている貴族達から反感を買う恐れがあるが取るに足らないこと。
それにクラリスは王女の器には相応しくはない。
前国王である父親の側室の娘だったものだ。
自分の母が亡くなったあと、側室が王妃になった。
クラリスの母親は真面目な女性で病死してしまったが、彼女は自分の子供を花よ喋よと育てられていた為、今に至る。
しかし今の国王はクライドだ。
決定権は自分にある。
アリスを護る為ならば自らの手を汚すことは何も厭わない。
クライドはそう感じていた。