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第29話 気に食わない女

執務室を後にしたクラリスは一人廊下を歩いていた。


「何なのよ!!あの女!」


クラリスは苛立ちながらガリッと自分の爪を噛む。


クラリスはアリスを兄の婚約者の座から引きずり下ろすために彼女をパーティーに呼んで侍女に睡眠薬入りのドリンクを渡すように仕向けた。

何も知らない彼女はドリンクを口にした。

あとは遊人である貴族の男に犯されて兄から婚約破棄をされるのを待つばかりだった。


冷徹な兄は部下失敗を許したりしない。

ましてや自分が気に入った女性に裏切られたことを知れば兄は婚約者に対して激しい怒りを向けるだろう。

そうなれば自然と婚約破棄され、運が悪ければ国から追放される。


クラリスはそう計算して計画を実行に移した。

なのに…────。


(どうしてよ!あの邪魔な男もあの女から離れるようにしたのに。どうしてお兄様はあの女に執着するの!)


クライドはアリスを手放す気は一切ない。

あろうことか、彼はクラリスがアリスに危害を加えたことを知って忠告までしてきた。

彼には筒抜けだった。


(あの女がいるかぎり…お兄様は私に振り向かない。だったらあの女を始末すればいいのよ……)


クラリスにあるのはクライドを手に入れたいという強い思いだけ。

欲しいものはどんな汚い手を使ってでも手に入れる。

それが彼女のやり方だった。


「お兄様は私のものよ」


クラリスはアリスに対して強い憎しみを抱き続けていたのだった。


****


翌日。

部屋の中で本を読み終えた私は近くにいたヨルに話し掛けた。


「あの~ヨル……」

「何だ?」


「私、今日一日部屋で本を読んで過ごしているから仕事していて良いよ。部屋から絶対出ないから」


困った顔で言う私に彼は呆れた表情で返した。


「何度も言ってるだろ?俺の仕事はお前の護衛なんだよ。何か起きてからじゃあ遅いんだよ。諦めろ」

「うぅ~~~」


ヨルの言葉に私は小さく呻く。

あの後、クライド様とヨルの二人は私の身辺警護、護衛の強化をした。

ヨルは常に私の傍につき、出掛ける時も数名の騎士が私に付き従う。


未遂とはいえ、前回襲われたことがある私に対して徹底的な護りを固められていた。

ここまでの体制を敷かれると思わなかった私は驚きと共に気疲れをしてしまう。


(さすがにこれでは息が詰まりそう……)


でも、彼らは私のことを思ってやってくれているのだ。

私を危険から守る為に。


ぽんと急に頭が触れられる気配がした。

見上げるとヨルが困ったような表情で私を見た。


「悪いな。お前にとっては息苦しいかもしれないけど我慢してくれ」


彼の気遣いに私はふるふると短く首を左右に振った。

「ううん。大丈夫。私こそ我儘言ってごめんなさい…。クライド様とヨルが私の為にやってくれていることなのに…」


そう私は彼に素直な言葉を口にした。

ヨルは苦笑して私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ちょっとヨル…。そんなに乱暴に撫でると髪が乱れてしまうわ」

「悪い。つい嬉しくてな」


気恥しさを感じながらも彼に抗議する私に彼は気楽に言った。


彼は顎に手を当てて考える仕草をしたあと、私に顔を近づけた。

思わずドキッとしてしまう私にヨルは一言私に告げた。


「アリス。今から俺とデートしよう」

「へ?」


彼の突然の言葉に私は驚く。


デートって…

むやみに外に出歩いて大丈夫なのだろうか…。

ヨル以外にも外出する時必ず騎士が数人付いているはずなのに。

彼らの仕事を増やすだけではないのかと心配する私にヨルは言った。


「少しだけなら大丈夫だ。俺が付いているからな。それに変装すれば気付かれないはずだ」

「変装?」


不思議そうな顔をする私にヨルは私に何処からともなく取り出した服を渡した。


「取り敢えずコレに着替えて来い」


私は彼に差し出された服を受け取ると同時にヨルは強引に私に着替えを促した。

私は為す術も無く、彼に大人しく従うほかなかった。



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