「お前が居ないのなら、こんな地位は要らねぇ。二人でこの国を出て行こう」
必死で言う彼の言葉に私は思わず泣きそうになってしまう。
頷けば彼は私をこの国から連れ出してくれる。
だけどそうなってしまえばヨルはこの国からずっと追われる立場になってしまい、捕まれば死罪が言い渡される可能性がある。
ヨルを絶対に死なせる訳にはいかない。
例え自分の気持ちを偽ったとしても……。
「ごめんなさい…」
私はヨルの身体を押しのけて、彼と距離を取った。
「私は一人で生きていきたいの……」
「…………」
ヨルは口を開き、そして閉じた。
何か言いたげな表情をしたあと、暫くして私を見つめた。
「分かった。今はそういうことにしといてやる」
「ヨル……」
「お前も知っての通り、俺は諦めが悪いんだ。だから…」
ヨルは私を見つめて真剣な表情で言った。
「もう一度、お前の口から俺と一緒に居たいって言わせてやるよ」
「ヨル……」
彼は私の頭をぽんと優しく撫でた。
「そろそろ城に戻るか。あんまり遅いとお前の侍女が心配するかもしれないからな…」
「うん…」
私のことを諦めて貰わなければならないのに逆に彼の想いに火を付けてしまったのかもしれない……。
私は複雑な気持ちのまま彼と一緒に城に戻って行ったのだった。
****
城に戻った私は夕食を終えて自室でゆっくりと過ごしていると突然、部屋からノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼する」
部屋の中に入って来たのはクライド様だった。
彼が私の部屋を訊ねてくるのは珍しいこと。
彼が私を自分の自室に連れて行くために迎えに来たことを除けば数えるくらいだった。
「私に何か…?」
「今から少し良いか…?お前に見せたい場所がある」
(私に見せたい場所…?何なのかしら…?)
「ええ。大丈夫です」
疑問に思いながらも私は彼の言葉に小さく頷く。
「行くぞ」
私を促すクライド様に従い、私は彼に連れられて自分の部屋を後にした。
たどり着いた場所は王宮の庭園だった。
夜ということもあって、所々に街灯のランプの明かりが照らされており、庭園に咲く花々にランプの光に照らされた光景は美しいものだった。
(前に来た時は昼間だったけれど、夜でもこんなに綺麗だなんて…さすが王宮の庭園だわ)
「そろそろか…」
クライド様は小さく呟いたあと、私に言った。
「花をよく見ていろ」
「はい…」
彼の言っている意味が理解出来ずにいた私だったが、クライド様の言葉に従う。
すると、淡い黄色の花がぽぅと突然美しく光出した。
一つの花から次の花へと伝染するように美しい輝きを放つ。
それはまるで幻想的な光景を見ているよう。
「クライド様…。これは……」
「この花は『月の光の花』と言って夜になると光を放つ花と呼ばれている。最も珍しい花でごく稀にしか見つからない貴重なものであり、何故花から光が放たれるかも未だに分かっていない」
「こんな花があったなんて知りませんでした」
「『月の光の花』はこの庭園と森の奥にしか自生しない貴重なものだからな。知らなくて当然だ」
「どうして私にこれを…?」
「お前の喜ぶ顔が見たかった。ただそれだけだ」
「えっ……」
私は彼の言葉に驚いた。
そんな私を見てクライド様は言葉を続けた。
「以前、お前は『心が分からなければ知れば良い』と言ってくれた。だから考えた。お前がどうすれば笑ってくれるのかを。お前をここに連れて来た理由だ」
ああ…。
この人は本当に不器用な人だ。
いつも言葉足らずで、強引で、だけど優しい。
私は顔を上げてクライド様に微笑む。
嬉しさを滲ませて。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
クライド様は私からふいっと視線を逸らした。
何か失礼なことをしてしまったのだろうか…。
私は不安になりながらクライド様に声を掛けた。
「あの、クライド様。もしかして私…失礼なことをしてしまいましたか?」
「違う…」
クライド様は顔を赤くして照れたように言った。
「問題ない。お前は気にするな」
(もしかして、照れているのかしら…)
こんな彼の顔を見るのは初めてで。
冷酷王と呼ばれた彼は今の私の目から他の男性と同じように見えた。
「今度私もクライド様にお気に入りの場所を教えますね」
「ああ…。楽しみにしている」
「アリス。じっとして目を閉じろ」
「あの、何を?」
「言われたとおりにしてくれ」
突然、クライド様に言われて私は彼の言葉に従う。
首元に何かシャラという音と共に何か冷たい感触がした。
「目を開けろ」