彼の言葉に従い、私は目を開く。
私の胸元には真珠のネックレスが付いていた。
「これは…」
「私からの贈り物だ」
「この前、街に視察に行った時に偶然見つけた。
これを見た時、お前に似合うだろうと思ってな」
「クライド様…」
「私なりにお前のことを思って見つけた品だ」
私のことを想ってくれていたなんて……。
私は彼のことを思うと胸が一杯になってしまった。
他人の気持ちが分からない。
理解できないと言っていた彼が私のことを想ってプレゼントしてくれた。
その事実が今の私にとってはとても嬉しかった。
だけど同時にヨルのことを考えたら胸が苦しくなってしまう。
本当ならばここで受け取らない方が良いのかもしれない。
私はクライド様と何れ婚約破棄、もしくは結婚したとしても離縁するのだから。
だけど今彼の気持ちを踏みにじることだけは出来ない。
初めて彼が他人のことを思って、心を込めて贈ったものなのだから。
「ありがとうございます」
お礼を言う私にクライド様は柔らかい表情を私に向けた。
その表情に私はドキリとしてしまう。
私は自分の感情を誤魔化して、彼に一つの提案をした。
「クライド様。もし良かったらですが、侍女や騎士の皆さんに挨拶から始めてみませんか?」
「挨拶か…?」
怪訝そうな顔をするクライド様に私は言葉を続けた。
「そうです。毎朝一人一人顔を見て挨拶を交わすだけで会話が増えたり、相手のことを理解するのにも繋がるかと思います。私はクライド様が私のことを理解しようとして下さったことに喜びを感じました。だから同じように他の方にもそれを向けて見られませんか?」
「それで利益は出るのか?」
「利益かどうかは分かりませんが…。相手のことを知る切っ掛けが作れるかと思います」
クライド様は本当は優しい方だ。
彼は不器用だから貴族や侍女たちは誤解をしているだけ。
本当の彼のことが少しでも皆に伝わったら良い。
周囲を変えるためには自分から変わっていかなければならない。
そう思っての提案だった。
「そうか…」
クライド様な何か考えるような仕草をしたあと、私に言った。
「分かった。ならばお前の提案を受けみるとしよう」
****
「ねぇ、聞いて。私今日国王陛下から挨拶されたのよ」
「あら。私なんて昨日もされたわ。あの顔でお声を掛けられて、思わずうっとりしちゃうわよね~~~!!」
数日後。
王宮の廊下を歩いていた私は近くにいた侍女達の噂話を耳にした。
(ちゃんとやってくれていたんだ…)
私は思わず嬉しくなった。
あの時、私の提案を受け入れてくれた彼が、まさかこんなに早く実践してくれるとは思わなかったのだ。
私が城に来てクライド様に憧れている侍女や騎士がいることは知っていた。
クライド様は剣術では誰も適わない。
戦争では無敗の氷の王と呼ばれている。
周囲から恐れと同時に憧れを抱かれているのも確かだ。
ならば憧れの人から声を掛けられて、挨拶をされれば誰だって悪い気はしないし、嬉しくなる。
そう思って提案したのだが思いのほか上手くいったようで良かった。
(あとはこれで皆がクライド様に良い印象を持ってくれたら嬉しいな)
そんなことを考えていると、前からクライド様が歩いて来ていた。
「ごきげんよう。クライド様」
「ああ。今から何処かに行くのか?」
「いえ、私は今から自室に戻る予定です」
「なら少しばかり私に付き合え」
クライド様はそう言うと踵を返して歩き出す。
私は彼の後を着いて行ったのだった。
たどり着いた場所はクライド様の自室だった。
(クライド様の自室に入るのって、あの時以来だわ。何だか緊張しちゃう……)