どうして大臣が自分を訪ねて来るのか…。
クラリスは疑問を感じながら彼を部屋へと入れた。
「失礼します」と部屋に入って来た大臣をクラリスは近くのソファに座るように促し、彼に穏やかな笑みを浮かべて訊ねた。
「お話とは何でしょうか?」
大臣はクラリスにある一言を告げた。
「国王陛下の婚約者アリス·フィールドの失脚にご興味はありませんか?」
「それはどういうことなの…?」
大臣の言葉にクラリスは驚いた表情をする。
興味なんてあるに決まっている。
アリスを陥れることが今のクラリスが最も求めていたことだ。
それをどうしてこの男が知っている?
アリスに恨みがあるのか。
それとも国王である兄の足元を掬いたいだけなのか……。
「いえ、深い意味はございませんよ。ただ私はこの国のことを案じているだけなのです」
「…………」
「フィールド家は確かに由緒正しい貴族です。ですが、それは以前までの話。今は落ちぶれた没落貴族であり、当主達は隣国に追放されたとか。そんな家の者が国王陛下の婚約者なんて相応しくないと私は思っております。国王陛下にはもっと相応しい方がいらっしゃる」
大臣は目を細めてクラリスを見る。
「王女様は本当にアリス様がお兄様の婚約者に相応しいとお思いですか?」
兄思いの妹ならばここでアリスを庇うのが正解だろう。
自分は心優しい王女として家臣や民達から慕われている。
そうなるように今まで行動をしてきたのだから。
だが目の前の男には嘘は通じない。
蛇のように獲物を見定める彼の目はそう物語っていた。
ならば自分の取るべき行動はただ一つだ。
クラリスは顔を上げて、大臣に告げた。
「私もあの方はお兄様に相応しくありませんわ」
「おお!やはり王女も私と同じ考えをお持ちだったのですな。良かった、良かった」
「私にこの話をしたということは、あなたはアリス様を失脚させる計画の手伝いを私にして欲しいのかしら?」
「さすがは王女。話が早いですな…。時が来たら少々お力を借りたいだけです。なぁに別に王女の手を汚させるようなことはありません。王女は私の口裏を合わせて頂くだけで良いのです」
(この男……。何が目的なのかしら…?)
クラリスと大臣の関係性はあくまで家臣と主の妹というものだ。
何故彼が自分にこういった話をするのかクラリスには理解できなかった。
もし、クラリスがクライドに話してしまえば彼が考えた計画は頓挫し、職を失うだろう。
いや、それだけで済むと良いのだが…。
相手はあの冷酷王だ。
そんな訳にはいかない。
リスクを犯してまで冷酷王の妹に話すべき内容ではないというのに。
(どうでもいいわ。そんなこと……)
クラリスは自分の考えを一蹴した。
アリスをクライドの前から消しさえすれば良い。
自分が動くより目の前のこの男を使ってアリスを排除すれば良いのだ。
いざとなればこの男に全ての罪を被せて。
クラリスは穏やかな笑みを浮かべて大臣に言った。
「分かりました。協力致しますわ」
「有難うございます。王女が手を貸してくださればこの計画は上手くいく筈です」
大臣はソファから立ち上がった。
「では、私の要件は終わりましたので、これで失礼致します。あと何度も申し上げてしまい恐縮なのですが王女…このことは……」
「分かっているわ。けして他言しないわよ」
「ならば結構です。失礼致しました」
そう言って大臣は部屋を後にした。
一人になったクラリスは緩む笑みを押さえきれなかった。
「これであの女は終わりよ」
大臣には間違いなくアリスを失脚させる他に何か裏がある。
だけど今は自分の味方となった。
王女としての自分に頭を下げさせて、貴族達の前で辱めを受けた屈辱を今こそ返すとき。
(この私を敵に回したことを絶対に後悔させてやるわ)
クラリスは目の前に置かれた紅茶が入ったティーカップを手に取った。